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2009年7月20日 (月)

接吻の謂れ

接吻なんて言葉は、今の若い人は、使わないだろう。日本語での表現は、そうなるが、ほとんどが、キスという言葉を使っているだろう。以前は街中で、若い男女が、いちゃいちゃしてキスをする風景を見かけたが、最近はどうなのだろうか。それにしても、外国人が、屋外でキスしても、様になるのに、日本人がすると、汚く見えるのだろう。

さて、この接吻、いやキスの謂れは、本来、女性からのものだったらしい。トロヤが戦争で落ちた時、生き延びた、いくつかの男女が舟に乗り、風に任せて、ローマのある地域に行き着いた。しかし、船旅が嫌になった男が舟を焼き払ってしまうと、他の男たちは怒った。

しかし、女たちも、船旅に飽きていたし、ここに定住するのもいいと思ったので、男たちの怒りを鎮めるため、男たちの口を自らの唇で塞いだことが始まりとされる。当時の女性は、なかなやりますね。日本の夫婦と事情が違うようで(笑)。

ちなみに、日本では、接吻に相当する言葉が文学で、初めて示されたのは、『土佐日記』とされる。その中に、「くちすい」という感じの言葉がある。わかりやすい。次のような一文だ。

 ただ押鮎の口をのみぞすふ。

 このすふ人々の口を、押鮎もし思ふやうあらむや。

舟には彼女は乗っていないから、あまりの恋しさに押鮎の口にあてて、キスをしている。イメージとしては、フレンチキスではなくて、ディープキスの感じ(笑)。元日なのに、旅の寂しさを紛らしている風景。果たして、彼らの彼女たちも、そう想ってくれているのだろうか。

この一文に関心を持ったのは、高校生の頃。口吸い、口吸い(笑)。当時は、今の高校生みたいにすれていないから、純朴な流風。それでも、こういったことには関心があった。友達のように、堂々とエロ本を学校で読んだりはしなかったが、父の週刊誌のエッチな記事を盗み読みしたり、異常に「性」という文字に惹かれたものだ。それは、ついに「人間性」、や「個性」の性にも、反応しものだ。懐かしい(笑)。

また違う方に脱線してしまったが、接吻は男女関係のきっかけでは、大切な意味を持つ。大きく言えば、世界の歴史も、接吻の歴史と言えないこともない。それにしても、石田純一、頑張るなあ(笑)。接吻のうまさで、落としたのかな。それとも、意外にも理子さんが、口を塞いだのだろうか。

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