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2009年7月16日 (木)

嗜好の違い

人間、嗜好の違いはある。その人間の育ってきた環境、プロセスによって、その違いは出てくる。だから、自分の嗜好や好みが、全ての人に受け入れられるとは限らない。流風も、よく失敗したことは、お中元やお歳暮で、自分が美味しいと感じたから、贈る先も、そう感じるだろうと思って、贈ったところ、意外と不評だったりする。

もちろん、お中元やお歳暮の場合は、贈った先の主人より、その奥様が、その評価をされるので、単純に、その相手との嗜好の違いとは、言い切れないが、トータルでは、嗜好の違いはある。

だから、自分が好きだから、相手も好くだろうからということで、推薦することは、ある意味間違っている。あくまで、自分は、これが好きだ、という表明に過ぎない。それ以上はない。

例えば、映画評論や書籍評論を時々、目を通すが、その評価は、その通りの場合もあるし、真逆の場合もある。評論家の見方は、専門家であれば、ある角度からでは、正確であるが、別の角度から見ると、その評論が適正でないことも多い。

物事は、全て、多面的だということだろう。もちろん、明らかに愚作であれば、それは、皆の意見は一致するだろう。だが、ある程度の監督や作家の創ったものであれば、全てが否定されることも少ない。

後は、評論家の感性による好き嫌いに過ぎないのではないか。それは言い換えれば、嗜好の違いとも言える。嗜好の違いは、感性の違いでもある。全ての人が、同じ感性である必要はないだろう。

男女が一緒になって夫婦になる場合も、その感性は違うだろう。結婚前の男女が、似たような感性だから、うまくいくと考えるようだが、必ずしも、そうではないだろう。むしろ、結婚前は、感性が大きく違っても、長い時を経て、似たような感性に近付くことは、よくあることだ。

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