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2009年7月22日 (水)

真っ赤な太陽

46年ぶりの皆既日食が話題になっている。確かに、見たことのない人々にとっては、関心があるかもしれない。流風は、子供の頃、見たが、特に感慨はなかった。太陽が月で隠されているだけのことだし、古代の人々は、何か不吉なものを感じたかもしれないが、科学的に理由がわかっている現在、余計に、関心はない。

それにしても、日食を直接見てはいけないと、やたらうるさい。確かに、子供の頃から、太陽を直接見れば目がつぶれて、目が見えなくなると母から、盛んに注意を受けたことは事実だ。実際、目によくないことは間違いない。

しかし、流風は、太陽に対する、ある関心から、母の注意を聞かず、土手から、よく太陽を見上げたものだ。そのため、めばちこ(ものもらい、のこと)ができて、眼科医のお世話によくなった。母は、なぜ、この子供はよく、めばちこになるのか、不思議に思っていたようだが、多分、太陽を直接見ていたことを知らなかったのだろう。

それでは、なぜ太陽を直接見たかというと、絵本や童話などに、「真っ赤な太陽」とあったからだ。親も、そのように説明する。それを確かめたくて、見てみると、どう見ても、赤くない。白いのだ。何回も確認した。何回見ても、白い。それをなぜ赤いと言うのだろう。

それが納得がいかなかった。何でも、物知りの父に、当時尋ねた記憶があるが、父にしては、明確な回答をしてくれなかった。父がわからないことは、誰にもわからないのだろうと思った。

そして、ある時、気付いた。太陽に向かって、目を瞑ると、赤く見える。ああ、これだな、と。最近の子供たちは、どのように感じているのだろう。また童話は、どのように太陽を描いているのだろう。

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