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2009年7月 1日 (水)

ある男と、その愛人~謡曲『花筐』(上)

大体、後継ぎが必要な家でも、次男坊は、外に出される。昔は、農家は、長男が財産を継ぎ、次男以下は、養子とかに出された。まだ養子はいい方で、自分で仕事を探し、食い扶持を見つけなければならなかった。

それが武家階級の人々でも同じで、次男坊以下は、どちらかと言うと冷や飯を食わざるを得なかった。例えば、吉宗は、次男坊と言っても、上にたくさん兄がいたから、紀州家を継ぐことはあり得なかった。ところが、兄たちが次々と病気でなくなったりして、お鉢が回ってきて、紀州家を継ぎ、ついには将軍家さえも継いでしまう。

ここら辺の人生模様は不思議と言わざるを得ない。それが天の配剤と言ってしまえばそうだが、世の中、いろんな運命の人があるものである。今回取り上げる、謡曲『花筐』も似たような話である。

『花筐』と言えば、少し脱線するが、昔の作家で、花登筐(はなとこばこ)という人がいた。特に関西の商家を題材にした小説が多かった。『銭の花』という小説は、テレビで『細腕繁盛記』として放送され、話題になったものだ。この作家のペーネームは、『花筐』を参考にしたと言われている。当初、この筐の読みが分からず、変な名前と思ったことを覚えている。

さて、この謡曲『花筐』の主人公の一人は継体天皇である。そもそも、彼は、応神天皇の5世で、天皇を継ぐことは、まずありえなかった。越前の国で、呑気で気楽かもしれないが、この地で終わるのかと、鬱々と過ごしていたかもしれない。

ところがである。時の武烈天皇が、後継を定めず、お亡くなりなったものだから、朝廷は大騒ぎ。誰かおらんかということになって(笑)、探し求め、白羽の矢が立ったのが、男大迹(おおあとべ)皇子だった。すなわち、後の継体天皇。

現在でも、天皇家では、少し前までは、皇太子に男のお子様がいらっしゃらなくて、周囲は大騒ぎしていた。男系天皇は、ある意味、世界遺産だから、これを遺すために、皆が憂慮するのはよくわかる。でも、昔のように、后以外に、たくさんの妃を持つことができない以上、皇子を産むことは、至難の業。そのことをどう考えるかですよね。

そのことはさておき、男大迹皇子には、すでに寵愛している女性がいた。その女性の名は、照日の前。名前から察するに、ぱっと明るくしてくれる女性だったのかな(笑)。ちょっと暑苦しい感じもしないわけでもないが、田舎で鬱々としていたなら、その存在は大きかったかもしれない。

次回に続く。

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