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2009年7月19日 (日)

財布の底と、、、、。

財布の底と心の底は人にみせるな、とはよく言うけれど、どうなのだろう。地域によって、この考え方に温度差はあるかもしれない。されど、意味の深い言葉ではあるだろう。

財布の底を他人に見せるなというけれど、これは案外、夫婦のなかでも、言えることかもしれない。夫の方は、常に、お小遣いが足りないと、妻に、いかに無心するかに腐心する。妻からお小遣いをもらうのは、随分変だけれど、そういう家庭は多いようだ。

そして、妻の方も、いかにお金が足りないと言って、夫の働きが足りないと文句を言うが、しっかり、へそくりはしている。そういう状況は、全国どこの家庭でも、見られるのではないだろうか(笑)。

それは夫婦は所詮、他人ということから、そうなるのかもしれない。ただ、これが、はっきり他人であれば、もっとはっきりしている。財布の中身が少なくても、他人からは、裕福そうに見せかける術も必要だろうし、逆に、財布の中身は厚いのに、ビンボー臭く見せるのも、一つの技であろう。

だから、この考え方は、単に見栄張りを批判しているだけでなく、仮にお金が手元になくても、心は豊かに、と言っているのかもしれない。お金があれば、心が豊かになるとは言うけれど、お金の欲は際限がない。お金で、心を貧しくするのは、避けたいものだ。そうかと言って、ある程度のお金を持たないと不自由だ。その辺の塩梅が難しい。

次に、心の底を他人に見せるな、というのは、ビジネスの世界にいれば、誰もが経験していることだろう。商売には、誠実さが求められるが、あまりにも馬鹿正直では、商いに勝つことはできない。それはライバルに対してもそうだし、顧客に対してもそうだろう。そして、もちろん投資家に対しても。

確かに、嘘はいけないし、顧客に変なものを提供するのは論外だ。しかし、それ以外では、いろんな工夫が求められる。市場環境の予測は、各社見方が違うわけだから、それをトップが、マスコミに正直に話し過ぎるのもどうかと思うし、投資家に対しては、常に厳しい見通しを告げるのが正しいだろう。

顧客へは、現状の商品の正しい情報は伝えるべきだが、やたらと新製品の情報は、オープンにすべきでないだろう。顧客に伝えたつもりが、ライバルによって、取られることはよくあることだ。トップの口の軽さを苦々しく思っている社員も多いはずだ。

政治の世界では、与野党の政治家も、最近はマスコミに出演して、得意そうに、ぺらぺらしゃべる方々がいるが、三流の域をでない。あれじゃ、一般素人と何のかわりもない。国民の雰囲気や意向を探りながら、静かに、政策を推進していくのがプロだろう。

プロの政治家が、あんなにしゃべってどうするのだ。アピールのつもりが、その底の浅さを露呈しているだけではないか。マスコミ対応は、各党の広報が、とりまとめて、すればいいことだろう。今一度、このことわざを確認してもらたいものだ。

しかしながら、財布の底も、心の底も、全く他人に見せないことが可能かというと、案外、それが難しいのも事実である。男女関係においては、想いはにじむだろうし、隠せるものではないように、財布の底も、心の底も、その周辺の雰囲気を探れば、自ずと、わかる人にはわかる。

しかしながら、自分から、あまりオープンに、何も考えず、見せてしまうことは、あまりよくないのかもしれない。流風なんて、ブログで、オープンにしているから、阿呆の典型なのだろう。いくら、若い人のためとはいえ、ちょっと洗いざらい記し過ぎかもしれない。

それにしても、財布が古くなり、多すぎる小銭で、底が抜けそうだ。買い換えて、せめて底から抜けないようにしよう(笑)。

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