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2009年7月17日 (金)

命あっての物種

父がよく死んだら終わりと言っていた。母は、それを「命あっての物種(ものだね)」と表現していた。楽しいことも、苦しいことも、生きている証。それで、わいわいやっていけるのは、命があるから。死ねば、後を誰かが祀ってくれても、生き返るわけではない。

若い時は、無理をし過ぎるものだが、それは後の年代になって、じわりとボディーブローのように応えてくる。20代の無理は、30代に、30代の無理は40代に、そして、40代の無理は、死ぬまで。だから、無理はよくない。

それに若いと、太く短くという発想もしがちだが、後になると、後悔することも多い。そういう人々も多く見てきた。一旦損なった健康を取り戻すのは、なかなか難しい。若い人も、細く長く、という考え方を侮ってはいけない(*注)。

そんなことをすれば、チャンスを逸すると考えがちだが、チャンスは、若ければ、同じチャンスは廻ってこないが、似たようなチャンスは何回もある。その中の一つを得ることができれば、好いと思えば、気持ちも軽くなる。

人生は、一度きりだが、継続的に、少しずつ、力を発揮し続けてくれる方が、企業でも、家庭でも、大変重要な意味を持つ。継続は力なり、とよく言うが、まさにその通りなのだ。そのように評価されることを忘れないでほしい。一時的な能力発揮より、継続的な能力発揮が望まれるのだ。それは、結局、個人の生活さえも豊かにする。

与えられた命を粗末に扱ってはならない。

*注

もちろん、瞬間的に、若い力を必要とする時はある。その時は、頑張ってもらいたいものだ。しかし、瞬発力を発揮した後は、きちんと身体のメンテナンスをしてほしい。そうすることが、長続きを可能にさせる。無理は、重ねてはならない。

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