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2009年8月 9日 (日)

20代の感性か~エリック・サティ 『ジムノペディ』

以前にも記したが、クラシック音楽に対しては、流風はミーハーで、そんなに詳しくない。だから、その音楽について、記しても、愛好家や専門家からは、馬鹿にされるかもしれないが、敢えて記す(笑)。

さて、流風の好きなクラシック音楽に、エリック・サティがいる。ただ彼の作品の中で、好きなのは、1曲だけで、『ジムノペディ』だ。あの、ゆっくりとしたテンポは、流風に合う。これはギリシャ東方音楽の特徴があると言うが、そういう専門的なことは別にして、心地よいので、時々聴く。

でも、この曲は、若い人の感性としては、異質に感じる。というのは、この曲は、サティが21歳の時の作曲とされている。作曲の趣旨は、ゆっくりと、悲しみ、苦しみ、厳粛さを味わうと言うもので、結構重い題材だ。

一体、彼に何があったのだろうか。その後、彼の曲には、このようなものはなく、不思議な感じだ。そして、後の作曲は、流風の判断では、『ジムノペディ』を超えていない。『ジムノペディ』が、あまりにもインパクトが大きすぎて、超えられなかったのだろうか。

エリック・サティが一発屋の感じで、段々と、曲想が悪くなっている感じがする。晩年の曲は、曲調は、若い人の感性になっており、これも違和感を感じる。むしろ、若い時に作曲し、後年発表したように受け取られる。妙な感じだ。

『ジムノペディ』が果たして、彼による作曲なのだろうか。どうも若い人の感性とはかけ離れ過ぎているように、流風には感じられるのだが。人々は、年齢にふさわしい感性を持つべきだろう。

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