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2009年8月11日 (火)

一つの中にある区別

よく父が、この世は相対的であり、絶対的でないと言っていた。若い時は、何を言っているのやら、と思っていたが、中年になって、突き詰めれば、そうなのだろうと思うようになった。欧米社会を中心に、区別ということが当たり前になり、区別がさらに差別になっている。区別の固定化は、社会を停滞させている。

しかし、区別すると言うことは、その元は、一体であるはずだ。区別する前の社会を見渡せば、区別する社会は、おかしいのかもしれない。社会を運営するために、区別は生み出されたものであろうが、それは手段であり、それが無条件に引き継がれるのは、問題が多いかもしれない。

社会の進歩を促すには、やはり役割の変更が求められる。それが組織を活性化させる。そうすれば、区別も有用な手段になる。つまり問題になるのは、区別を固定化することであり、時代に応じて、区別を変更していくことだろう。

*追記

これは、個人の変革においても必要である。年配者は、自己の経験による判断に頼りがちだが、それを見直す勇気は大切だ。

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