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2009年10月21日 (水)

異国の丘 その二

異国の丘には、前回紹介した歌謡曲になったものの他に、詩吟にした次のようなものもある。作者は源八岳氏で、本名は木村岳風。

 題名「異国の丘」

  誰が唄うか 遥かに聞こゆ 異国の丘

  哀調 綿綿 望郷の情

  北風に身を削る同胞の歌

  烏拉(ウラル)山辺 日没の天

  耐え忍んで 斃(たお)るるなかれ 異国の丘に

  故郷の 肉親 君を待つ事久しと

  友を励まし 又も唄う 異国の丘

  歌声は 天に通じて 鬼神をも 泣かしむ

解釈は不要だろう。この詩吟の方が、切迫感に富むが、現在では、あまり知られていない。帰国できず、満州に取り残され、極寒の地、シベリアで、強制労働させられた人々の呻きが聞こえる。

ずっと前、若い時に、京都に観光に行った時、歩いていると、たまたまシベリアから帰還された人々の家族の催しがあり、ふと立ち寄った記憶がある。確か、国から何も支援が出ないということで、多くの理解者を得ようとするものだったと思う。

流風は、何もできなかったが、棄てた民に対しては、国は、これほど厳しいのかと実感した。その裏には、いろいろ事情がありそうだが、戦争が、人々の生活を引き裂いたのは事実で、その他にも、色々ある。

*追記

戦後、外地から日本に全ての人が帰還できたわけでもない。いろんな事情から帰れなかった人々もたくさんいる。そして、帰ってきた人々は、世間から冷たい視線を受けている。

シベリアからの帰国者も、そのようであった。極寒の地で、食糧もろくろく与えられず、多くの人がいると、そこでは人間の本性が出る。大きく分ければ、自分の考え方を曲げない人、要領よく転向する人だ。

ソ連から、思想転向を言われても、変えなかった人々は、厳しい環境に置かれ続けたし、結局、彼の地で命を失っている人も多い。他方、要領よく、ソ連の洗脳に乗り、転向して、生き切った人々もいる。必ずしも、洗脳されたわけでもなく、洗脳されたフリをしていただけかもしれない。

流風は、どちらが良いなどと、言える立場でもない。だが、彼らは帰国後、一律に、ソ連に洗脳されたスパイと見做されたと聞く。現実、共産党に入党している人もいる。帰国後も、常に監視されていたとも言うし、仲間同士の相互監視もあったという。

自分の人生を狂わされてしまったことを恨んだ人も多いことだろう。理不尽な世の中とは言え、為政者のミスリードは、国民を苦しめることになる。そうならないためには、何をしなければならないのか。国民一人一人も、考えなければならない課題だ。

(この項、一応、これで終わり)

 

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