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2009年10月20日 (火)

異国の丘 その一

  異国の丘           増田幸治作詞

  一 

     今日も暮れゆく 異国の丘に

     友よ辛かろ 切なかろ

     我慢だ待ってろ 嵐が過ぎりゃ

     帰る日も来る 春が来る

  二

     今日も更けゆく 異国の丘に

     夢も寒かろ 冷たかろ

     泣いて笑うて 歌って耐えりゃ

     望む日が来る 朝が来る

  三

     今日も昨日も 異国の丘に

     おもい雪空 陽が薄い

     倒れちゃならない 祖国の土に

     辿りつくまで その時まで

若い人は、先に示した「異国の丘」という歌をほとんど知らいないであろう。子供の頃、両親が歌謡曲の「異国の丘」をよく感慨深く聞いていた。父は、別にシベリアに抑留されたわけではないが、戦友のことを思い出したのだろうか。天皇や政治家がボンクラだと、皆が迷惑すると、嫌そうに語っていた(*注)。ただ、この世代の常として、それ以上には、戦争のことを語りたがらなかった。

その代わりに、母がシベリアで抑留された人々のことをよく教えてくれた。あの極寒の地は、ナポレオンでも、制覇できなかったし、ヒットラーも同様の道を歩んだ。ソ連にとって、どんな軍事力より強い防衛線であることは確かなようだ。そんな地に抑留されたら、生きて帰ることは難しいと。

この歌は、戦争に負け、棄民政策により、ロシア軍に極寒の地シベリアに抑留され、極限における望郷の念が示されている。戦争に負けると、いかに悲惨か。棄民された人々は、シベリアに抑留され、ソ連軍は、日露戦争に負けた腹いせを、彼らに向けた。スターリンの指示であったという。

ちょうど、テレビでは、『不毛地帯』という、その極限に立ち会った人々を題材にしたドラマが放送されている。壱岐正を主人公としている。モデルは、瀬島龍三だ。軍の参謀だった彼は、日米開戦のシナリオを描いたとされる。ただ彼だけでなく、時代の後押しもあったののは確かだ。彼は、文書を作成したにすぎないだろう。

ドラマでは、彼が、シベリア抑留後、帰国し、その後の人生模様を描いている。もちろん、ノンフィクションではないため、事実と異なる部分も多く見られるが、おおよその流れは正しいだろう。ただ彼の側の限られた方角から見た、戦争に対する一つの知見という限界はある(原作は山崎豊子)。それでも、それも参考しながら、シベリアの極限に生きた人々の気持ちを、若い人々は、歌詞から読み取ることは無意味ではないだろう。

*注

流風が察するに、父の言いたいことは、ほとんどの知識人は、米国に戦争には勝てないと判断していたのに、当時の天皇や政府は、軍の暴走を止めることはできなかった。それは明治憲法における統治のあり方が不明確であったことによる。以前のブログにも示したが、「曖昧さ」が、大きな禍を生んだ。

*参考 

ドラマ『不毛地帯』を一応、視聴してみたが、最近の民放のドラマでは、出色の域だろう。時代の雰囲気も出している。出演者も豪華だ。民放でも、テーマを選び、そこそこお金をかければ、いいものを作れるということだろう。今後にも、期待したい。

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