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2009年10月 9日 (金)

萩の花から思い出す

萩の花は、咲くのが遅く、やきもきしたが、割と長い間咲いている。ただ切り花にすると、長持ちしなかったので、植えたまま鑑賞している。この萩の花言葉は、柔軟な精神らしい。流風も、見習わねば。今更、遅過ぎるか。

そういうと、その枝ぶりは、柳に似ているとも言えなくもない。柳に雪折れなし、と言うから、それと似た花言葉がついたのかもしれない。時期外れだが、五月雨のように咲いているのを見ると、狂言『萩大名』を思い出す。学生時代、習った記憶があるが、うろ覚えなので再確認してみた。

あらすじを確認すると、訴訟のために、在京している田舎大名が、気晴らしに遊山に出かける。太郎冠者の案内で、良い庭を見学することになったが、亭主は、和歌を所望するという。そんな心得のない大名は、太郎冠者に何か良い歌はないかと聞くと、たまたま太郎冠者が覚えていた和歌を教える。それが次のもの。

  七重八重、 九重とこそ 思いしに

          十重咲きいずる 萩の花かな

でも、萩の花をじっくり見ると、七重八重の感じはしない。桜でも、山吹でもない萩の表現としては少し変。確かにたくさんの房が垂れているので、そのように表現したのだろうか。

それはさておき、この大名は、この和歌をきちんと覚えられず、頓珍漢な物言いで、赤っ恥をかいてしまう。太郎冠者は、いつのまにか、どこかに姿を隠してしまう。上司のそういう姿見たくないし、とばっちりが来ても困る。部下というのは、いつの時代も、上司に振り回されるもののようだ(笑)。

でも、こういうことはよくあるんですよね。言われた言葉をすぐ記憶できる人もいるにはいるが、年齢とともに記憶力もあやふやになる。確かに記憶術というのは、あるが、それは若い時から訓練していなければ、歳を経てからではなかなかだ。やはりメモ、メモ。メモを見ながら言っても、いいじゃないですか。昔から、宮廷でも、カンニングペーパーはあったのだから。

それはそれとして、おはぎが食べたくなった。牡丹を見ながら、牡丹餅もいいけれど、萩には、やはり、おはぎだよね。甘党としては。ちなみに、牡丹餅より、おはぎの方が好きだ。それは粒あんだから。プレゼントしてくれるのなら、そちらを頼む(笑)。

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