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2009年11月26日 (木)

家庭菜園は、いつから始めるか

家庭菜園や庭いじりをやっていると言うと、まるで隠居した人間のように言われる。確かに、流風は、親の介護のために、若隠居した口?(実際は、体調を壊したこともあったこともある。現在は、ほぼ回復。隠居しているかどうかは、周囲の判断。仕事していても、隠居仕事に見えるかもしれない)だが、家庭菜園や庭いじりは、何も隠居してから始めなくてもいいと思う。

流風が、家庭菜園に目覚めたのは、つい最近で、親の介護から解放されてからだ。若い時、父に、家庭菜園とか庭いじりをやらないかと、誘われたが、そんな爺むさいことはやりたくないと断った。今は、そういうことに抵抗なくなっているから、流風も老けたということだろうか。

親の介護が続いたため、比較的若く隠居状態になったのも影響したのかもしれない。親は、ずっと庭いじりや家庭菜園を楽しみとしていたから、彼らができなくなると、そのお鉢が回ってきた。だから、最初は、やりたくてやったのではない。止む無く手伝ったのだ。

当初は苦痛だった。あまり好きでないことを、水遣りから始めて、雑草抜き、枝切り、虫とり、肥料散布の繰り返しだ。汗かきの流風にとって、特に夏は大変だった。腰の具合も悪くなるし、身体のあちらこちらが痛くなる。大体、義務的行動は苦痛が伴う。それでも、親の希望だから、精一杯やったつもりだ。

しかし、親が亡くなって、いろいろやってみると、これは比較的楽しめることがわかった。辛かったのは、きっと親の介護をしながら、嫌々やっていたから、楽しくなかったのであろう。本来、気分転換になるはずが、そうはならなかった。

男にとって、親の介護の負担は、やはり心理的に、大きかったのかもしれない。でも、それは子供の勤めだろう。ヘルパーさん等に助けてもらうとしても、親は子供が近くにいることが、最終的な幸せであろう。でも、介護は、正直、しんどかった。もういい。

それから解放されて、単に家庭菜園や庭いじりをやってみると、多くの失敗はあるが、いろいろ教えられる。料理と同様、日常のストレス発散にもなる。適当に陽に当たって、健康にもいい。親も、あの世で、やっとわかったか、と言っているような気がする。となると、現役時代にも、やればよかったと思う今日この頃だ。

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