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2009年11月14日 (土)

本当に、米軍駐留は必要なのか

日米の最近の協議を見ていると、両者が右往左往する姿は、ある意味必要なのだろう。日本は政権が代わり、方針は変更されている。防衛省は、従来の利権を守るように動いているため、それは政権の意思とは異なることが、物事を複雑にしている。

安全保障の問題が、とかく議題に上梓されるが、まず自国は、自国の軍隊で守らねばならない。日本は、すでに、それを守る軍備(自衛隊)は充実している。しかし、米軍が駐留していることで、防衛の主体性が犯されている。防衛において依存心が一番危険だ。

日米同盟は大切だが、その中身は見直しされなければならない。米国の沖縄からアジア全体を睥睨する発想は、時代遅れと言えよう。確かに地政学上、有利な地かもしれないが、時代の変化に合わせて、安全保障のあり方も変わってくる。

米国の意識転換は進まないことに、日本政府はいらついている。そもそも主権国家に外国の軍隊が、いつまでも駐留するのは、おかしいことだ。それに日本の防衛力も、充実しており、日本周辺の防衛は、自衛隊で十分であろう。

となれば、日本に米軍が常駐する必要があるかどうか。米国が日本に費用を負担して、駐留をお願いするのならともかく、地位協定を乱用し、大方の費用を日本が負担し、国民の反感を強めている。

とにかく日米同盟の見直しが必要なのは確かだ。いつまでも、米国外交が、仮想敵国を想定しないと、国内を維持できないという情けない状態は許されないだろう。米国も、国際政治手法を改めるべきだ。

もちろん、死の商人と米国政権の関わりは、外せないのかもしれないが、それにしても、それでは進歩がない。やはり時代とともに、国際社会でリーダーたろうとすれば、考え方を改めなければならないだろう。

また現在の米国経済は病んでいるし、その回復も遅々たることが、米国のあせりを生んでいるのかもしれない。アジアに覇権が移行することに懸念しているかもしれない。だが、今更ジタバタしても始まらない。覇権がアジアに移動していることを素直に認め、それに柔軟に対応していくことが、米国の延命にもなる。

以上のことを勘案すれば、日本に基地を置いておいても、それは矢鱈、アジアに緊張を生むだけで、意味がない。もちろん、見えざる敵に対して、警告を発することは必要かもしれない。しかし、それは外交で十分行える。

そして、いざとなれば、緊急時に、米軍が日本の港や空港を優先的に利用できる内容にしておけばいい。軍備の発達した現在、すぐ駆けつけることは可能だろう。また各国の情報分析の交換を日頃から頻繁に行い、定期的に自衛隊と合同演習すればいい。それで安全保障が損なわれることはないだろう。

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