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2009年11月24日 (火)

スパコンは本当に必要か

事業仕分けが、話題になっているが、仕分け通りに、予算はカットされるべきだろう。もちろん、各カット分については、いろいろ言い分があろうが、歳入が40兆円程度、国債残高が900兆円もある以上、取りあえず、緊急性のないものはカットせざるを得ない。

例えば、スパコンは必要だとする新聞の社説もあったが、最早スパコンの時代ではない。宇宙開発、コンピューター支援による諸産業の開発に役立っているというが、十分活用できているとは思えない。コンピューター開発がすべてと錯覚している科学者に不安を覚える(*注)。

最早、限界点に近く、スパコンは時代遅れの遺物だという人もいる。スパコンのためのスパコン開発になっていないか。スパコン最新鋭のものを求めるとキリがない。お金が無尽蔵にあるわけでもない。費用対効果も曖昧だ。

科学というものは、そういうものだとしても、将来を展望して、費用対効果を見極めることは必要だ。スパコンに限らず、科学者の言う通りにしていたら、お金は限りなく必要になる。だから、一旦、財政が落ち着くまで、スパコンの開発やロケットの開発は、スピードを落とせばいい。それに世間知らずの科学者の言う事が、すべて正しいわけでもない。

*注

ノーベル賞受賞学者は、スパコンは、日本が一番にならないといけないと言う。そうしないと、他国に隷属しなければならなくなるとのことだ。この発想は帝国主義的発想だ。日本が武装国家を目指すのなら、それは首肯できるが、現在の国の方向性とは異なる。

スパコンは、ある意味、武器なのは確かだ。ある国が、それによって他国を支配しようとすることは考えられる。ただ、その支配は、脆いものだ。この学者に欠けているのは、人類愛という哲学だろう。エリートにありがちな発想だ。発言には、一種、驕りのようなものが感じられる。

*追記

医薬品の開発にしても、スパコンを使うという話もあるが、木を見て森を見ず、の開発になっている可能性も高い。人間には、免疫力がある。すなわち、ウイルスとワクチンを内蔵している。結局は、どんな薬も、ウイルスを持ったワクチンの開発になり、堂々巡りとなる。開発には、人間哲学が重視されるべきなのだ。あまり微細な研究は、人類に貢献するとは限らない。むしろ、物事を混乱させるだけである。

*追記

もう一つの科学の側面は、科学の希求が原爆や水爆、生物兵器を開発した。それは科学者の本来の意図ではなかったかもしれないが、今、地球上に存在する。スパコンも、同じ意味を持つ。ノーベル賞は、科学が戦争に使われた反省から生まれたものであることを科学者は再認識すべきだろう。

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