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2009年11月 8日 (日)

紙芝居の思い出

子供の頃は、今の子供のように、テレビも普及していなければ、ゲームもない状態だから、遊びは自分たちで工夫しなければならなかった。屋外の遊びの多くは、近所の兄貴分から、教えられる。それが代々引き継がれるような感じだった。そのことは、以前にも触れたので、ここでは、それ以上に記さない。

遊び仲間は、年齢差が結構あり、同じ年齢の者が群れたりすることは少なかった。ただ、そのような遊びをしていると、年代ごとに、できたりできなかったりする。だから小さい子供は、大きい子供がやっているのに、初めは、ついて行けない。そこで、小さい子どもたちだけで、集まって、できることを考える。

そんな時の楽しみが紙芝居だった。いつも定時に、おじさんが、自転車に紙芝居を乗せてやってくる。そうすると、皆、連絡して、寄り合い、母にねだった小銭を握りしめて行ったものだ。紙芝居は、立ったまま(現在は、座らせることも多いようだが、皆、立って聞いていた)、おじさんの話を聞くだけだから、誰でも参加できる。時には、お小遣いがなくても、少し離れて見ていた。

その時は、日頃は、むずがる小さい子供も、威勢のいい権太も静かに息をつめて、見ていた。どこか独特の子供の空間が形成されていた。冬には、子供の何人かは、青鼻汁をすすりがら、あるいは、どこかに塗りたくりながら、見ていた(笑)。そういうと、最近は、そういうお子さん見ませんねえ。

話の内容はほとんど忘れたが、勧善懲悪ものが多かったと思う。人情物、道徳物、幽霊物もあったような気がする。それを、水あめを舐めたり、柔らかい煎餅をかじりながら、見ていた。

だが、紙芝居の話の筋は、これからというところで続きになり、また来てよということになる。これは今のドラマも変わりはありません。ところが、毎回、いろんな話が出て、話が続かないことも多く、最終結果を知らないで、聞き流したものも多かったと記憶する。

つまり今日はAの話だが、翌日はBの話になり、翌々日は、Cの話になるのだ。そしたら、同じ曜日に来れば、同じ話が来るかと思うと、そうでもない。これは子供泣かせであった。結局、話の筋がすべてわかったものは少なかった。それでも、友達同士、ほぼ毎日、同じ時間に集まり、その待ち時間も含めて楽しんだ。

何が面白かったかと言うと、まず皆が集まることだった。今日は、どんな話になるのだろうかと、わいわい話し合う。そして、話の筋もだが、おじさんの語りが、毎回毎回、真に迫ってきて、面白かったのだ。それを真似する奴もいた。今から思えば、子供たちは、話の筋より、そちらを楽しんでいたのかもしれない。少し大きくなって、本が読めるようになると、話の内容がわかるようになり、紙芝居から、自然に卒業していった。

*特別展『みんなの紙芝居』

姫路文学館で、特別展『みんなの紙芝居』を開催している(平成21年11月23日まで)。紙芝居の歴史と、その実例を紹介している。紙芝居は、マンガの原型なのだ。それに語りが加わっている。それはテレビ漫画の原型だ。そして、子供たちへの影響を常に意識してきた歴史がある。今回は、ついでに訪問したのだが、このような紙芝居にスポットをあてた企画展に、拍手を送りたい。

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