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2009年12月 7日 (月)

対月感有り

先日、秋空にきれいな満月が出ていた。三日月もいいが、満月は美しい。どちらかというと流風は、満月の丸いのが好きだ。女性の顔もね(笑)。

話は、ころっと変わって、明治維新の元勲に、三條実美がいる。だが、一般には、有能で行動力があり、目だった活躍をした岩倉具視と比して、その影は薄い。岩倉具視は、公家の中でも、変わり者であったことは事実だが、元公家でも、大きな違いがある。

だが、彼の父、実萬は、安政の大獄に連座して、不遇の死を遂げている。彼は、父親の尊王攘夷の遺志を継いだと云われる。親の影響とはいえ、尊王攘夷については、それなりの強い意思があったと思われる。その彼が、漢詩を残している。それが「対月感有り」というものだ。

  山近く 月は遠し

  月の小なることを覚ゆ

  便(すなわ)ち、道(い)う此の山

  月よりも大なりと

  若し人眼(まなこ)の大なること

  天の如く あるならば

  還(また)見る山は小にして

  月更に濶(ひろ)きを

この詩は、随分、意味意味深である。山と月とを比べて、どちらが大きいというような、小学生への問いのように表現しながら、自らの苦悩を表現しているようだ。

確かに、遠くにある月と、近くにある山とを比べれば、人間の目は、山を大きく感じる。そのように、人間の目は、現象に妨げられ、真実がなかなか分かってもらえない。

だが、心の目をしっかりと見据えれば、山は小さく、月は大きいことが分かる。そうして、初めて真実がわかる。

このように世間の評価は、見えるものには、高く、見えないものに対して低い。果たして、それでいいのだろうか。いいわけがない。現象に惑わされずに、しっかりと観て、人は評価したいものだ。あまり簡単に、人を評価してはならないというような意味であろうか。

これは一体、何を意味するものなのか。明治政権後、ほとんどの公家が没落したが、彼は、それまでの薩長との関わりの関係上、新政府で、それなりの役割を与えられた。だが、それはお飾りの役割だった。江戸幕府の後処理と、明治天皇とつなぐため、薩長に利用されただけと、巷間、云われた。

だが、彼にすれば、彼らに利用されながらも、本来の目的である尊王攘夷の目的は果たしたという思いはあったかもしれない。つまり、利用されたと思われながら、薩長を利用したと、思ったと考えられる。だが、自分を、もっと、きちんと評価してくれという叫びのようにも聞こえる。

 

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