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2009年12月13日 (日)

昔の冬の暖房設備の思い出

暖冬と思っていたら、今週からは本格的に寒くなるようだ。暖房設備の点検をもう一度しよう。寒がりの流風は、すでに暖房器具全開だけれど。問題は光熱費を上げないようにどう組み合わせるかだ。そんなことを考えながら、昔の冬を思い出した。

電気炬燵(こたつ)はすでに使っているが、昔は、そんなものはなかった。掘り炬燵のある家では、足元に炭団を入れた火鉢を置いて、温まった。だが、掘り炬燵のある家は少なかった。あれは足を思い切り伸ばせていいのだが。

流風の家は、掘りごたつはなかったから、丸火鉢に練炭を入れたもので、暖を取るしかなかった。寒い時は、よく火鉢を足で挟んでいたものだ。その上には、いつもお茶瓶があり、いつも湯を沸かしていた。そこで、お茶を飲んだり、みかんを食べたりしたものだ。

その他に屋内で暖を取る方法としては、母が調理している台所に行って、おくどさんの火にあたるとか、七輪に手をかざすとか、夕方、五右衛門部風呂を沸かしながら火にあたって暖まるというものだった。

屋外では、焚火をして暖まることが多かった。薪を少し掘り下げて石で囲んだ中に、薪をくべていた。時には、さつまいもを入れて焼き芋を作っていた。またドラム缶等に穴をあけて、あちこちで、皆が暖を取るところもあった。いくら子供は風の子であっても、寒くなったら、あちこちの焚火にあたりに行ったものだ。

寝る時は、足元が冷たいので、湯たんぽを使った。最近また流行っているようで、プラスチック製が多いようだが、当時の湯たんぽは、金属製が多かった。また行火(あんか)を使ったりした。行火には、豆炭が使われていた。おき火した豆炭を入れるものだった。

さて、炬燵を題材にした落語に、『炬燵の按摩』がある。ある商家では、いくら寒くても、主人が火の用心に厳しいので、行火を使うことが許されない。そこで、番頭は、たまたま来た按摩に、酒を飲ませてやるから、行火代わりになれというものだ。

現代では、いじめや人権問題の領域に入るだろうが、話としては面白い。お酒を飲むと、身体はぽかぽかするから、それを炬燵代わりにするという発想。でも、番頭だけでなく、手代も小僧も集まって、按摩炬燵に足をあてるから、按摩はかなわない。お酒を飲ましてもらったことを後悔。ついには、小僧の寝小便にやられて、“火”は消されたとして、ほうほうの体で逃げていくオチだ。

そういうと、子供時代、似たような遊びをしていた。じゃんけんで負けたら、身体を伏せて炬燵になり、皆が足を乗せて、その上に座布団を乗せる。それで炬燵の雰囲気。わいわい言いながら騒いで、結構楽しかったものだ。屋外での、押しくら饅頭のような感じ。子供の熱が集まると、結構暖かくなるのだ。

そう考えると、昔は、結構寒い環境で、人々は冬を過ごしていたということになる。最近の至れり尽くせりの暖房環境は、多くのエネルギーを消費している。果たして、人間には、どちらがよいのだろう。環境には、どちらがよいのだろう。

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