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2009年12月23日 (水)

憧れというものの落差~落語『鏡代』

子どもの頃は、スポーツが出来たり、勉強のよくできる異性に憧れたりする。ということは、憧れる側は、その能力に於いて劣ることが大半だ。そして、憧れられた側は、更に高い能力の持ち主に畏敬の念を持つ。結局、憧れる側と憧れられた側では、大きな意識の差がある。

男女関係でも、自分が見下している異性から、付き合いを求められると、一般には断るかもしれない。それは自分には、もっと優れた相応しい異性がいるはずだと思うからだ。

落語『鏡代』は、そのような内容のものだ。あらすじは、ある男が、呉服屋の娘に一目惚れする。そして、恋病に陥る。友達は見かねて、知恵を授ける。まず、その娘が裁縫の稽古に通っていることを情報入手する。

そこで、その店の女中を手なずけて、女中を通じて、仕立物を、その娘に頼む段取りをつける。そして、反物の中にラブレターを入れて女中に渡した。

しばらくして、仕立物が仕上がり、風呂敷に包まれて届いた。待ちわびていたので、小躍りする。その風呂敷を開けると、中から一通の手紙。もしかしてと、喜び勇んで開けてみると、中には、一円紙幣が入っており、よく見ると、表書きには、「御鏡代」と記してあった。

これはいろんな意味に受け取れる。まず、「私に申し込むなら、まず、ご自身のお顔を鏡で確認して」という皮肉。次に、請求書はなく、一円紙幣が表書き付きで入っていたわけだから、「手間賃はいいですから、もう、あれこれ、つきまとわないで」という意。

現在では、一円紙幣は、5000円程度の価値か。手鏡を買うのなら十分だろう。熨斗を付けて返すという、かなり強烈な肘鉄だが、ユーモアがある。皮肉と取るか、ユーモアと取るかは、受け手の人間性による。相手により断る術(すべ)を心得ている人は意外と少ない。彼女のやり方は誰にでも通用するやり方ではないだろうが、この男には有効だったかもしれない。

ところで、人に憧れたり、好きになる理由はいろいろあるが、概して思い込みのことが多い。思い込みと実態が一致することは少ない(笑)。でも、歴史的に多くの男女は、そういう過ちを続けてきた。それでも、憧れで、泣き笑いするのも、人生の味付けとしてはいいのかもしれない。

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