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2010年1月13日 (水)

少なくするということ(三寡)

昔から、三つのことを少なくするということが、健康法の一つとして伝えられてきた。流風は、医者から、ご飯の食べ過ぎを指摘されたが、今回は、そういう話ではない(笑)。それは三寡とも呼ばれるものだ。その三つとは何か。次のようなものてある。

一つ目は、思慮を少なくすること

別に何も考えるなということではない。そんなことをすれば、ボケてしまう。そうではなくて、物事に集中する時は、余計なことを考えるなということ。雑念を捨てよということ。現代は、情報過多でいろんな情報が否応なしに、耳目に届くが、それらを気にしていたら、何も進まなくなる。集中する時は、余計なことを考えるなということ。そうすれば、ストレスも少なくなる。

二つ目は、嗜欲を少なくすること

ここでは、酒を嗜むという意味ではなく、芸事のこと。気分転換するために、趣味を持つことはいいことだが、それも程度問題。あまり深く踏み込むと、本来やるべきことが出来なくなる。自分の本来の持ち場を超える嗜みは、却って、ストレスを抱えることになる。結局、本来の目的に反し、自分を失うことになる。やるべきことは何なのか、自分与えられている使命は何なのか、確認する必要がある。

三つ目は、言語を少なくすること

あまり言葉が多すぎると、他者から、いろんな誤解を受けやすい。その言い訳をするのは、無駄なエネルギーを使うことになる。そうであれば、言葉は少なくして、自分の持ち時間を有効に使う必要がある。

現代は、説明責任と言って、他者からいろいろ言ってくるが、相手が何も考えないから、そういう質問になる。結局、日頃から言葉や行動に深みを持たせ、相手がよく考えるように仕向けるべきだ。それでも、何も考えず質問する人間は、遠ざけ付き合わないことだ。そうすることがストレスを小さくする(*注)。

*注

勘違いされては困るが、上記のことは、個人生活においてのこと。政治や経営においては、説明責任が問われるのは仕方ない。逃げるような政治や経営は、あってはならない。

*注記

「三寡」とは、『養生雑訣』という書籍の中に、「養生の法は、思慮・嗜欲・言語を少なくするに在り」とあるそうだ(未読)。ちなみに流風は、三つともできていません(苦笑)。強いて言えば、二ぐらいかな。無趣味に近いから。

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