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2010年1月31日 (日)

『海の回廊』展に思う

日本は、古代・中世と、海を通じた交易で、当時、アジアの先進的な海外文化を輸入してきた。その礎の上に、日本文化は成り立っている。若い人たちは、そういうことをあまり意識していないかもしれないが、実際は、そうだ。何せ、その歴史的時間的積み重ねは大きい。

西洋からの文化は、安土桃山時代から鎖国していた江戸時代にも、宣教師等を通じて、多少流入しているが、本格的な影響は明治維新からだ。更に米国文化となると戦後からだ。そういう意味では、日本文化は、アジア文化を基本的に立脚している。欧米文化は、単なる味付けか、飾りに過ぎない。

さて、神戸の地は、瀬戸内海の港として、開発されたが、それは最初、東アジアへの窓口であった。そういう意味では、神戸は西洋文化の入り口としての方が、一般には理解されているが、実際は、それだけではない。

古代には、瀬戸内海を拠点とした豪族が活躍しているが、彼らは、朝鮮半島から鉄器や鉄具などを輸入している。神戸にある古墳等遺跡には、半島文化が色濃く漂っている。その後、平清盛が中国との交易に必要な港として、大輪田泊に注目して大きな港とするべく開発している。

その後は、仏教関係者で指導的役割を果たした重源上人が、東大寺再建のため、材木の調達のため、大輪田の泊を修復したりしている。これは国内的事情だが、それが港の開発に役立っている。

そのようにして、海外あるいは地域の交流を通じて、新たな文化が展開し、後には仏教等海外文化を模倣しつつ、日本独自の文化を築いている。ここには、交流→文化流入→模倣→土着文化との融合→独自文化の確立という流れがある。

そのようなことを意識してか、今、神戸市立博物館で、『海の回廊』展(平成22年3月7日まで)が開催されている。内容的には、次の三つの柱から成り立っており、約170点が展示されている。

 一、海を支配した豪族~海辺の大型古墳

 二、海をめぐる武士と僧

 三、海を越え、響きあう美

一、二については、先に述べたことに関連する内容になっている。三については、仏教美術について多くの作品が展示してある。今回、仏教美術について、十分な知識を持ち合わせていない流風としては、鑑賞してよかったと思う。

その中で、仏像について解説があった。仏像グループは、大きく四つに分けられるそうで、「如来」「菩薩」「明王」「天」だそうである。念のためにパンフレットに基づき紹介すると、下記のように示される。

一、如来

「如来」とは心理に達した人、完全に悟りを開いた人という意。髪の毛は螺髪という巻貝風の形で、大きく盛り上がっている。一枚の大衣を着て、飾りもつけない。釈迦の出家後の身なりを基本としている。

二、菩薩

「如来」になるため、悟りを目指して、懸命に修行している仏。長い髪を束ねて冠をかぶり、体にはネックレスやブレスレットなどの飾りをつけている。出家する前の王子時代の釈迦の姿をイメージしている。観音様は、菩薩の仲間。但し、弥勒菩薩は如来のこと。

三、明王

「明王」は、どんな力にも打ち勝つ仏で、教えに従わない人々を導くために、如来から強いパワーを与えられた仏。邪魔をするものを恐れさせる怖い顔と恐ろしい姿をしている。手には武器を持っている。

四、天

「天」とは、仏あるいは仏法を守ったり、福をもたらす仏で、元はインドの神だった。その姿は、貴人武将に表わされたりする。また男女の区別があり、吉祥天や弁財天のように女性形に表わされるのは、天独特といえる。

ふむふむ、なるほどねえ。これで、京都や奈良の仏像も、意味がわかって観ることが出来る(もちろん、その他に仏像が示している意味は他にもあるので、これだけでは十分ではない)。

こう見ると、先人達が、国を固めるため、輸入文化を活用しながら、産業開発につなげ、日本文化を築いてきたことが分かる。そのように文化と産業は密接に連動しながら、発達している。これはどの国にも言えることだろう。だから、文化だけとか、産業だけとか、偏った見方では、国の発展が望めない。

よって、文化人も産業に目配りしつつ、また産業人も文化に配慮して、共に発達していくということを再認識したいものだ。そういうことを考えると、今、国に必要な戦略は、文化・産業一体関連ビジネスの振興かもしれない。この展覧会は、そういうことを示唆してくれた。

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