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2010年1月15日 (金)

動物を飼うという人間のエゴ

街を歩いていると、小さな犬に服を着せて歩いている人がいる。きっと可愛いがっているのだろう。それにしても、何時頃から、こんなに犬の散歩が増えたのだろう。昔も、犬の散歩姿は見られたが、異常に増えていると思う。それは飼い主の孤独感の癒しなのか。

散歩させて、きちんと健康管理している人は、一応、犬にとって恵まれているのだろう、と人間には見えるが、犬の立場に立つと、どうだろうか。所詮、どのように、可愛がって、扱っても、人間のためのものなのだろう。

だが、犬にとっての幸せは何だろう。犬に心はないかもしれないが、自由を束縛されていることに変りはない。基本的に、人間のために飼いならされたものなのだろう。そこに、どんなに愛情を注いでも、犬にとって、それがいいのかどうか。

やはり犬に限らず、あらゆる動物も、人間に都合のよいように、作り変えられてきた歴史がある。あるものは食用に、あるものは観賞用に。そう考えると、まず、人間のあり方を問うべきだろう。あなたに他者を支配する資格はありますか、と。できれば、動物を飼わずに済む生活が望ましい。

*追記

女性を中心にペット依存症の人が多い。それは年齢には、あまり関係なさそうだ。若い人の場合は、社会進出に伴うストレスの解消のために、ペットを飼う人が多いようだ。中高年の女性は、比較的孤独志向の強い方が多い。地域との人間関係が不安定による心の不安定さがペットを求めるようだ。高齢者の場合は、パートナーの死を埋める物として、ペットを飼う傾向が強い。

いずれにしろ、ペット以外にストレスの解消方法を見つけた方がいい。ペットへの過剰な期待は、禁物だ。社会への関与を増やすことに目を向けてほしい。またペットは、植物と違い、後の処理も大変だし、ずっと飼い続けられるかも不透明だ。安易にペットを飼うことは避けるべきなのだ。

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