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2010年1月26日 (火)

鶏がらから一考察

鶏がらスープで味を取ったラーメンは大変美味しい。塩分の摂取を出来るだけ避けなければならない流風は、あまりラーメンを食さないが、それでも、時々無性に食べたくなる。そういう時は、我慢せずに、食べることにしている。流石に汁は飲まずに残すが。もちろん、鶏がらに限らず、豚でも豚骨スープは美味しい。いずれにせよ骨の成分が汁に出て、いい味を出す。

さて、今回は、別にラーメン論を展開するわけではない。なぞなぞと言うか、暗示する言葉として、中国の歴史書に出てくる話を取り上げる。『後漢書』の楊修伝に伝わる話だ。三国時代に、魏と蜀の争いの中、漢中争奪戦において、不利になった曹操は、ある命令を部下に暗示した。

ところが、誰も、その指示の意味が分からない。というのは、曹操は、「鶏肋(鶏がらのこと)」と一言発したのみだからだ。それを楊修のみ理解し、帰還する身支度を整えた。周囲が理由を聞くと、「鶏がらって、どうだい。食おうとしても、食えないだろう。でも、スープをとれるのだから、捨てるのも、もったいない」と。

すなわち、漢中は、取りたいけれども、蜀が押さえており、最早掃討は難しい。少し惜しいけれど、撤退する、という意。まあ、曹操の負け惜しみですね。実は、曹操は、自分の意をいつも、すばやく汲み取る楊修を普段から賢い奴だと認めていた。

だが、曹操の後継問題に関与したとされ、漢中撤兵後、曹操に殺されている(これには複雑な背景も影響)。立場によっては、権力の近くにいる者は、やたら才を示すと、警戒されて、身の危険が及ぶということであろう。

使われる人間は、才を示さないと認められず、それを示し過ぎると、身が危険に及ぶ。処世術としては、ちょろちょろと能力を発揮し、使う人間に警戒されないことが大切だ。ただ、阿呆・馬鹿と思われて、切られる可能性もある。組織社会で、生き残ることはなかなか難しいことを教えている。

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