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2010年1月29日 (金)

共存するということ

今年は、国連が定めた国際生物多様性年らしい。あらゆる生物の存在を認め、共に生きようという考え方だろうか。知識人にありがちな、少し甘い考え方のようにも感じる。人間は、生きるために、動物にしろ、植物にしろ、他のものを殺して生きている。そうしなければ、自分が生存を保てない。

そのように生存競争は厳しいものだ。海外の、ある組織団体(*注)が、クジラを殺すのは動物虐待と言うが、クジラは、たくさんの魚を食べ、人間の食料を奪い取る。魚があれば、生き延びる人々もいるはずだ。もちろん日本のような豊かな国が、それらを取り過ぎることは問題があるかもしれないが、クジラが増えすぎるのも問題だろう。

それはイノシシやシカが、農家の人々が折角栽培している農産物を荒らすのと同じことだ。増えすぎた動物は、ある程度、人間によって、調整されなければ、生きにくい。ただ、多くの犠牲を出さないように共存のため、彼らの棲みやすい環境を整えることには意味がある。要はバランスだ。

*注

彼らは、環境団体と名乗り、企業や有名人から、寄付を募り、クジラを取ることを妨害するのは、一つのパフォーマンスに過ぎないだろう。彼らの本心は、企業や有名人から、お金を掠め取ることが本心だろう。これは、かつて日本で問題になった総会屋の構造に似ている。

しかしながら、彼らと共鳴することは、企業や有名人との共存にはつながらない。彼らは、お金の供出を拒めば、企業や有名人を攻撃するだろう。企業や有名人は、それを恐れているにすぎない。だから、企業や有名人が、そういうことに怖じず、お金の供出を拒めばいいのだ。

そういう脅迫まがいの行動は、世界から締め出せばいい。あらゆる生物と人間が共存することは、ある程度必要だが、それを盾に私してビジネスする輩には気をつけなければならない。善意という見せかけには、要注意だ。それは日本にも存在する各種慈善団体にも言える(すべての慈善団体が、そうとは言わないが)。

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