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2010年1月24日 (日)

「四」という数字

日本では、四とか九は嫌われる数字だ。母も大変意識していた。これは、四(死)や九(苦)をイメージするからだろう。別に、「四」は、「ヨン」と読めばいいし、「九」は、「キュウ」と読めばいいと思うのだが、そう簡単に割り切れないらしい。

そういうと、中国でも、同じ発音で、忌み言葉があるようだから、どこの国でも、そういうことを信じる人はいるのだろう。単に、言葉遊びに思えるのだが。数字に対する感性は、国によって異なり、西欧人は、これらの数字に、全く反応は示さない。オリンピックは4年ごとだし、米国の大統領選も4年ごと。だが、13日の金曜日には反応する。

しかしながら、日本でも、海外文化の影響と言えないこともないが、「四」という数字は、比較的よく使っている。例えば、暦を見ると、1カ月も、大体、四週だ。太陰暦も太陽暦も変わらない。宇宙の摂理には逆らえない。そういうと、春夏秋冬という四季も、そうだ。方位も東西南北の4つだ。こうみると、世の中は、案外、4という数で回っているのかもしれない。

スポーツの分野では、野球も、輸入文化には違いないけれど、4番打者だと言うと主力選手だ。そして誰も嫌がる様子はない。企業の決算でも、4半期決算と言うのがある。3か月ごとに決算して報告しなければならない。以前は、中間決算と、本決算だけでよかったが、今は、4半期毎だ。これは多分、国際的な約束事で、そうなったのかもしれない。

そうなると、企業の中期計画というのも、3年にしているところが多いが、4年が適切なのだかもしれない。それは個人においても、そうなのかもしれない。一見、4日ごとの計画というものはないかもしれない。それでも、週休2日制と考えれば、1日を作成・チェック日とすれば、4日計画と言えないこともない。

以上のように見ていくと、時代とともに、数字の連想から始まる忌み言葉は、あまり意味がないのかもしれない。まあ、流風のラッキーナンバーは、この数字でないから、どうでもいいのだが(笑)。

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