« 憂慮すべき伊丹空港問題 | トップページ | 夫婦の愛の三原則 »

2010年2月 5日 (金)

日本のミニチュア文化

かつて、ある韓国の学者は、日本の文化は縮み志向だと指摘したが、ある部分では正しいだろう。それは日本が海に囲まれていて、国土が狭いことが影響しているかもしれない。

すなわち、海が防衛線になり、比較的外敵が少なく、その上、国土が狭く、人口が多い。結局、狭いところに、多くの人が住むという人口密度の高さがある。そこには、人々が肩を寄せ合うため、自然と、効率的な生活が求められる。

それは、住生活においても、同様だ。例えば、布団文化もそうだろう。ベッドの生活だと、簡易なものを除いては、折りたためないから、空間を占領される。国土の広い国で、大きい家に住むことが当たり前だったら、同じ空間を違う利用の仕方をする布団文化は生まれなかったかもしれない。

もちろん、今でも、布団に限らず、すべてをコンパクトにまとめようとする志向は今もなくならない。多くの電化機器もそうだろうし、家具なども限られた空間に当てはまるものが作られる。確かに、多少せせこましい考え方は、大きな発想を生まないかもしれない。だが、それが日本文化として、すべてがすべて否定されるわけでもない。

日本から、そのようにして生まれた多くの物は、世界に発信し、受け入れられているし、多くの機能を限られたところに詰め込む技術は、高い評価を受けている。もちろん、海外にも縮小アートというミニチュアの文化はあるし、日本だけというのはおかしいかもしれない。でも、多くの日本人の思考がミニチュア志向が、趣味ではなく、必要から生まれたものであるという違いがある。であるとすれば、それは特異とも言える。

さて、日本の工芸の分野でも、ミニチュアの文化は、かつて存在した。それは、当初、仏教に対する信仰から始まったと思われる。本来ある大きなもの(仏像)を自分の身につけるか、所有したいという気持ちから生じたのではあるまいか。同じ大きさのものを持つことは不遜として、認められなかったが、小さくしたものは、認められたのではないだろうか。

そして、最近は、オタクを除けば、あまり注目されないが、そういう文化的価値のあるミニチュアを収集してきた人々がいる。明治から昭和にかけて活躍した小林礫斎という人が作った、ミニチュア作品がそれだ。これを中田実氏(故人)が収集してきたため、今、我々の目に触れることが出来る。

その収集物の展覧会『ミニチュアの世界~小林礫斎と手のひらの宇宙』展が、兵庫歴史博物館で開催されている(平成22年3月28日まで)。物が小さいので、鑑賞するには少し骨が折れるが、なかなか面白い。じっと見ていると、小さい子どもたちの、ままごと遊びの道具のように見えてくる。

それが現実に大人の遊びが子どもの世界にまで浸透している。子どもの頃、グリコの景品に細かい人形とかおもちゃがついていたが、あれも、伝統的な縮小アートのミニチュア文化の影響だったのだろう。そして、それが延々と続いている。いろいろ展覧しながら、いろんなことを思い出させてくれる楽しい展覧会だった。

*参考

兵庫県立歴史博物館 

 http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/official/exhibition-pl2.html

|

« 憂慮すべき伊丹空港問題 | トップページ | 夫婦の愛の三原則 »

姫路と播磨」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 憂慮すべき伊丹空港問題 | トップページ | 夫婦の愛の三原則 »