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2010年2月13日 (土)

スポーツ指導者の資質

相撲界では、礼儀礼節を汚した横綱が、問題を起こして、やっと引退した。彼は、基本的に、日本の相撲を理解していなかったし、理解しようともしなかった。相撲を、ただのスポーツとみなして、単に強ければいいと判断したようだ。相撲は、相撲道と云われるように、日本古来の文化だ。

横綱ともなれば、強い以上に、威厳がなければならない。多くの子どもたちも見ているわけだから、礼儀礼節の面で、その模範にも、ならなければならない。そういう横綱の役割も理解できなかったようだ。あくまで、モンゴル相撲のように、ただ強ければ、誰も文句は言わないと思ったのかもしれない。

しかし、だからと言って、彼だけを責めるのは酷である。他国からきて、日本の文化は何も分からなかったわけだから、指導者は、その点をきちんと指導するべきだった。残念ながら、あの親方はできていない。だが、他の部屋のモンゴル出身の力士が問題を起こしているかと言えば、そうではないだろう。

やはり、きちんと指導しなかった指導者に問題があるのだ。親方には、相当重い責任がある。だが、相撲協会は、たった二階級の格下げで終えている。これは明らかに片手落ちで、彼も引退させて当然だろう。彼に指導者としての資格はない。

そして、今回、冬季オリンピックで、おかしな格好をした選手が、日本オリンピック委員会から、クレームが付けられている。彼は、日本の代表として出ている自覚がない。彼も、かの横綱と同様、強ければいいと思っているのだろう。

だが、オリンピック選手は、税金という国費を使って、日本の代表として行くのだ。どこかの民間施設で、競技するのとは大きく違う。国の代表であれば、それなりの身なりや態度をする必要がある。日本人の代表で行くのだから、国民に恥をかかせてはならない。

しかし、この選手も同様に、指導者に問題がある。オリンピックに行くことがどういう意味合いがあるのか、選手によく理解させていない。選手には、心技体をバランスよく、整わせる必要があるが、メダルの圧力のためか、勝つことばかりに集中させすぎる。そのため、人間としての涵養を養う点に指導が欠けている。

スポーツ指導者は、単にスポーツ指導がうまいだけでは駄目だろう。彼らが、その後、人間として、社会人として、誤りなき人生を送れるように指導しなければならない。それが指導者の務めだろう。

*追記

そして一流のアスリートが、必ずしも優れた指導者になれるとは限らない。一流のアスリートは、自身が成功例であるため、そのことを押し付けがちだから、指導がうまくいかない傾向がある。よって指導者として、別途、体系的に学んで、人格的にも優れた者のみ、その資格がある。その点、現在のスポーツ界は、勝つことを優先して、単に強いものだけを指導者にしている。これは戦前より、選手育成における人格の涵養の面で、問題が多いと云われる。

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