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2010年2月15日 (月)

世評という危うさ

人の評価はなかなか難しいものであるが、世評で評価してはならないというのは、一つの真実であろう。凡そ、世間の評判というものほど、あてにならないものはない。それはマスコミによる評判も同様だ。ある時、彼らを持ちあげ、そして、ある時、非難する。

彼らの評価は、極めて現象的であり、一部分しか見ていない。かつては現在ほど、ひどくなかったが、現在は、庶民受けの良い迎合的発想が多く見受けられる。多くの国民は、それを危ういと思いながらも、いつの間にか流されている現実がある。

それは過去の報道を検証してみればわかる。彼らの報道が、いかに刹那的か。一時の現象しか見ていない。いや、もっと悪質かもしれない。すべてとは、言わないが、ある程度の流れを知っておきながら、恣意的に情報を流したり、留めたりしている。

マスコミの姿勢は、世論は、自分たちが作るものと思っているらしいが、それ自体が驕りのように感じる。それを当事者は自覚していないことが多いから、性質(たち)が悪い。だから、そういうところで、作られた世評というものは、彼らに都合よく、作られたものになりがちだ。つまりマスコミが目立つことに本心があるのではと、疑いたくなる。

ところが、本来、情報の取り手の私達が、情報を疑わなければならないのだが、民主主義の理解がまだ十分でないのか、鵜呑みしてしまう人々が多いのは残念だ。マスコミの情報が、彼らの取捨選択で、情報が創られていることを今一度、確認する必要がある。

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