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2010年2月14日 (日)

テレビの視聴率を改善するには

テレビの視聴率が低下して、テレビ局は赤字らしい。それはそうだろう。くだらない番組が多すぎる。これは流風だけの意見ではなく、幅広い世代がそう感じている。若い人も、その点では、全く意見が一致する。多分、テレビ業界に人材がいないのだろう。流風の独断的見解で、問題を提起しておこう。

①そもそも視聴率の取り方に問題があるだろう。

流風は、テレビを視るのは、ほとんど録画だが、録画は視聴率に反映されないらしい。それで、頓珍漢な番組改編している。期待した番組がなくなったり、くだらない番組がいつまで放送されたりする。視聴率のデータの取り方を改善すべきだろう。

②視聴率評価が早すぎる。

そして、あまり短期の視聴率は気にしないことだ。価値ある番組は、継続することによって、多くの人に理解される。スタートして、ちょっと視聴率が低ければ、すぐ改編しようとする姿勢が頂けない。番組は育てるものだ。それができないのは、番組作りに命をかけていないから、そういうことになる。

③良質の番組と粗悪な番組の放送時間がちぐはぐである。

良質の番組は、視聴率のよくない時間帯に放送し、粗悪な番組がゴールデンタイムに放送されている。顧客感性と放送側の感性に大きな隔たりがある。時々、抜き打ち的に視聴して、粗悪な番組のスポンサーの商品は買わないことにしている。視聴者が、粗悪な番組を無くしていく必要がある。

④中途半端な時間にスタートする番組は不要。

他局との競争に打ち勝とうとするテクニックかもしれないが、あまりにもわざとらしい。番組のコンテンツで競争するべきだ。切りのよい時間に番組はスタートさせるべきだ。

⑤時間帯分析がいい加減だ。

どの時間帯に誰がどのように視て、誰が視ていないのかの分析が出来ていないように感じる。多くの世代対応の番組を作ることは本来不可能だろう。多くの人はそれぞれ視聴できる時間に限界がある。時間帯と、視聴可能時間のマッチングの精度は高める必要がある。

もちろん、録画という手段があるから、視たい番組があれば、録画すればいい。だが、録画したい番組もそんなにない。せいぜい映画ぐらいだろうか。

⑥密度のある番組作りが足りない

だらだらとした長時間番組がある。多くの芸人たちを使って、うだうだ話す番組は、どうしようもない。公共の電波を使って、こんな番組を作っている放送局は、本当に必要のなのだろうか。

更に、一見真面目そうな時事番組も、本質を読み取っていなくて、ただうだうだと、いろんな人が話して、時間が消費されるだけである。こんな番組を見て、多くの人たちは、時間を奪い取られるである。結果的に、テレビはつまらない存在になる。

放送界は、テレビの需要ターゲットをきちんと絞り込んで、もっと、まともな放送をするべきだろう。彼らの需要に合った番組構成が必要だろう。そして、スポンサーも、きちんと放送番組の内容を精査すべきだろう。

⑦視聴者感性の低い人たちが制作しているのか

視聴顧客感性にあった人が番組を制作する必要があるが、若い人が中心になって作っているという。制作者は、テレビ需要者に合わせて、適性に、いろんな年代層の人材を使うべきだろう。若い人だけでは、顧客の望むものは提供できないから、ますます視聴率は低下する。

⑧お笑いタレントが露出しすぎ。

彼らは、コストが安いのかもしれないが、結局、番組の質を低下させ、テレビ局の評価を落としている。もちろん、すべてのお笑いタレントが悪いとは言えないが、視るに値するのは、一握りにすぎないだろう。中途半端なお笑いタレントは使わないでもらいたい。

⑨同じ俳優、同じタレントを同時に、各局は使い過ぎるのは賢くない

どのチャンネルを変えても、同じ俳優、同じタレントが出ていると、視たくなくなる。それはテレビ番組を見た段階でパスだ。日本の俳優、タレントは、そんなに層が薄いのか。

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