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2010年3月31日 (水)

若い人の資産形成 その四

従来、流風は、株式投資に対して、懐疑的な見解を述べてきた。しかし、この見解は、見直す必要があるかもしれない。個人投資家にとって、環境が整ってきたと言えるかもしれないからだ。よって、今後は、若い人たちは、資産形成に、ある程度、株式投資をすることに対して、否定はしない。

まず、企業が株の持ち合いを減らしたのは、少し前からのことであるが、更に、企業が株を持つことを減少させていることが、個人にとってチャンスと言えるからだ。もちろん、銘柄の選定は重要だが、資産形成の一つの手段として、これから重要になる。

もう一つは、国が多大の借金を抱え、最早、増税とインフレ政策を取らないといけない状況にあることだ。通常、インフレになれば、物価を安定させるため、政策金利を高めに誘導するはずだが、国債残高の多さが、それを困難にする。結果的に、緩やかな金利上昇になる。

となれば、インフレ昂進のための防衛策として、株式投資については、ある程度貯まった段階で、純資産の一定額を、優良株に長期投資するのが望ましいかもしれない。ただ一部限定の優良株の資産株としての集中投資は、今後リスクが高いだろう。昔は、資産株というものがあったが、現代では、資産株と呼べるようなものはない。よって機関投資家がやるような分散投資が望ましい。

優良株といえども、常に再評価して、持ち株調整しないと、予定した収益は稼げるとは限らない。すなわち、利益の変動を組み込んでおかないと、予定収益を確保できない可能性がある。よって、分散投資が望まれるのだ。

また、頻繁な売買も勧めない。ただ、予測以上に値上がりすれば、利益を確定することも、いいとは思う。それから売買益が予定通りになるほど、個人は情報を持っていないが、大まかな売買利益率を決めておくことは大切だ。現在であれば、半年か1年ごとに見直していけばいいだろう。

そして、更に余裕資金があるなら、これから、投資するとなると、リスクを十分勘案しながら、やはりエマージング諸国ということになる。もちろん、十分、商品の見極めをして、理解できないものには投資しない姿勢が求められる。また投資信託に関しては、見かけの利回りはいくら高くても、大きな落とし穴がある場合が多いので、投資は勧めない。

以上、数回にわたって、若い人の資産形成について、触れてきた。若い人の強みは、時間があることだ。少しずつ時間をかけて資産を増やしていく発想がいい。少しずつ定額投資もいいかもしれない。いずれにせよ、財産三分法の観点は、長期的視点で考えることがポイントのようだ。

*注記

流風は、現役時代、株式投資はしなかったので、上記の意見は正しいかどうか、わからない。だが、流風が若かったら、そのようにするかもしれない。また、予想される経済状況は、あくまで予測であるので、確定的なことは申し上げられない。投資は、自己責任で行っていただきたい。

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2010年3月27日 (土)

地方に、高価な海外美術図書は必要か

兵庫県たつの市が、海外の高価な美術図書を購入したようだ。その価格、1800万円也。地方財政が大変な時、大胆なことをするものだ。確かに、図書を購入するという条件で、個人から、3000万円寄付されたから、できたことであろうが、地方の図書館に、そんなものが必要だろうか。

地域には、地域に密着した図書を充実させるべきであり、国か県がやるような海外美術図書の購入が果たして正しい選択であったのだろうか。こういうことを行われると、役所に寄付行為することが、いかに無駄かを感じざるを得ない。

よく役所に寄付する時は、現物で寄付するという人がいるが、そのやり方が正しいのだろう。やはり役所には、効果的にお金を使う金銭感覚が乏しいのだろう。たつの市には、たつの市に相応しい文化がある。その関連図書を充実させるだけでも、観光客は引っ張れる。

高価な洋書が、一冊あったとしても、それは一時的な人気に終わる可能性が高い。一部の人間の欲のために、購入されたとすれば、大変残念なことである。役所の金銭感覚が問われる。

*参考

たつの市役所のサイトで、この美術本の購入の説明をしている。関心のある人は、アクセスして確認して欲しい。別に観光客を呼ぶための意図はないようである。一体、誰が読むのだろうか。

 

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芭蕉の東北の旅

流風は、東北への旅行は、まだ二度しかない。学生時代に一度と、社会人になってから一度だ。両方とも、駆け足旅行だったため、あまり強い印象はない。学生時代は団体旅行だったし、社会人の時は、時間が少しできて、ばたばたした思いつき旅行だったからだ。やはり観光地の予備調査なしの旅行は、あまりよくない。

さて、芭蕉も、45歳の時、弟子の曾良と共に東北一周の旅(と言っても、中尊寺ぐらいが北端である)をし、あの有名な『奥の細道』を残している。旧暦の3月27日に出発し、8月末に、大垣に着いて、一応旅を終えている。当時の交通手段から考えても、結構長期な旅行だ。

果たして、旅行の目的は何だったのか、いろいろ議論されている。彼が伊賀出身であることから、隠密ではなかったか、ともよく言われる。本当のところはわからないが、こんな長期に各所を回って旅するのは、確かに、その目的がよくわからないところがある。彼は、大垣に着いてからも、間もなく、せわしなく、伊勢に旅をしている。相当長旅で、疲れているはずなのにだ。これは誰かに報告の旅ではないか、と思われる。

それに、彼が『奥の細道』をまとめたのも、旅行が終わって、なんと5年後。記録をまとめるのに、そんなに時間がかかるとも思えない。現代の作家が、旅行随想記を、このようなペースでまとめれば、出版社に相手にされないだろう(笑)。まあ、当時は、そういう目的がないにしても、ちと怪しい。これをまとめたのは、依頼者が亡くなったからではないか。

やはり、そう考えると、誰かの依頼で、民情視察の趣がある。依頼により、代理で動いた可能性がある。もちろん、お金は、依頼者から出ているだろう。彼は、宿泊地で、俳諧関係者から支援を受けたことになっているが、本当にそうだっただろうか。それは創作の感じがする。

各地に依頼者の連絡係りがいて、そこを回った感じだ。こうなってくると、現代の諜報活動と似ている。もちろん、それは考え過ぎたという人々もいる。文学的には、そう考えたいのもわかる。当時、彼の俳諧での地位は、確定していたであろうし、彼の文学的価値は、今なお評価されている。

ただ、事実はどうであれ、あんなこんなと推察するのも、文学鑑賞の楽しみではなかろうか。もっと、純粋に楽しめと言われるかもしれません。確かにそうかもしれません。でも、こんなこと考えるのも、一つの楽しみ方ではなかろうか。しかし、サスペンス小説の読み過ぎかな(笑)。最近は読んでいないのだけれど。

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2010年3月26日 (金)

連立政権の危うさ

前自民党・公明党政権も、連立政権であったが、現在の政権も、民主党・国民新党・社民党も連立政権だ。国民は、それぞれの党を選択して投票している。だが、現在の政権は、主たる民主党の意見より、国民新党や社民党の意見が優先されて、大変違和感がある。

国民新党は、明らかに民主党を完全になめきっている。これは、かつての連立政権ではなかったことだ。そういう意味では、国民側にも、イライラ感がある。民主党に投票した人々は、民主党のマニュフェストにすべてに賛成であるわけではないが、国民新党や社民党の政策には、全く賛成ではない人が多い。

大体、国民新党は、保守系政党であり、社民党は、革新系政党だ。まったく政策の違う政党が一緒になっているのだから、政権運営には、もちろん限界があり、国民的見地でもロスが多い。

国民新党は、財政を悪化させるような主張ばかりする。地方の人々には一時的な受けがいいかもしれないが、いずれ、そのツケは国民に大きな負担として、のしかかってくる。それに郵政改革見直しを主張するが、その根底には、国債の引き受けを郵政にさせようという魂胆が見え見えである。それが将来、国民を苦しめることがわかってるのだろうか。

沖縄の基地問題はもともと複雑な問題だが、社民党がより複雑にしている。米軍の海兵隊は、いずれ日本を去るのは明らかなこと。それを地元の利権がらみで騒ぐ人々に利用されている。もちろん、基地問題で、沖縄の人々が苦しんでいることは事実だが、経済的に、それで潤っていることも事実。

これは、社民党だけの問題でなく、民主党が、根本的問題を理解していないことがいけないのかもしれない。本来、この問題は、自民党政権時に曲がりなりにも筋道が出来ていた。それを新政権がかき回して、混乱させている印象は否めない。社民党は、それに輪をかけるように、更に混乱をさせている。政権は、県民の本音と建前を理解しつつ、基地の将来的見通しを示し、落とし所を探ることは必要だ。

いずれにせよ、国民は連立政権を望まない。現在の連立政権はひどすぎる。民主党は、金の問題で攻められているが、実際は、国民の関心は、景気と財政の負担の行方だ。国民新党の要請により、余計な補正予算を組んだことは、財源の不明確な政策(子ども手当、高校無償化)に、つながっている。

これらを解決するためにも、早く連立政権を解消してもらたいたい。そうなると、参議院選挙で、過半数を確保させるべく、民主党を勝たせないといけないのか。政治資金問題では、国民の心は揺れる。結果的に、参議院選挙に対して、不本意にも、棄権する人が増えるかもしれない。

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2010年3月25日 (木)

これからの学卒者の選択

報道によると、主要企業は来春も抑制するようだ。新卒者の就職は確かに大変かもしれない。だが、現状は、求人は求職を上回っており、従って、求職者は、企業を絞った結果、そのようになっているのだろう。

そのように考えると、大企業は、求人を絞っているかもしれないが、中小企業は求人を出しているということだ。新卒者は、中小企業への就職は、親も含めて望まないのかもしれないが、ここは考え直すべきだろう。

いくら卒業を延期して、留年のようなことをやって、就職を先延ばししても、本人にとって有益でないことは明らかだ。また学校側に問題があるとすれば、産業人に必要な考え方とか、ビジネスの基本を学生に教えていないことだろう。

教育界側に、産業界の動向を教えるカリキュラムにないところが多すぎる。いつまでも、有名な企業に就職活動するのも、どうかしている。知名度は低くて、小さくても、優良企業は存在する。ここに企業側と教育側に意識のずれが感じられる。

更に、企業側は、即戦力を期待しているわけではない。多くの学生は、資格が就職に有利と考えているようだが、それは特別な職種に就かない限り、あまり必要ないだろう。せいぜい、運転免許と簿記の知識があれば十分だ。語学も出来ればいいという程度だ。

まず、積極的にコミュニケーションしようとする気持ちがあれば、何とかなる。それにはいろんな経験と知識が求められる。ただ、企業人たる心構えとか、基本的な作法は、入社前に身につけて欲しいと望むだろう。

確かに、昔は、企業側で、入社後教育していたが、今は企業側に余裕がない。ましてや中小企業では、そういうことは十分できない。学生時代に、社会人に必要な基本的なビジネスの仕組みは、カリキュラムに組み込み、訓練しておくべきだろう。

その次の段階で、企業の選択にしても、大企業就職するのがいいのか、中小企業に就職するのがいいのか、考える必要がある。大企業では、すぐにやりたいことができるわけでもない。意識が高く、能力のある人間には、辛いことだ。ただ、時間をかけて組織で仕事をすることを望むなら、そういう選択もいい。

中小企業では、いろんなことをいきなり与えられるから、いろんな能力はつく。ただ、それは自身で、成長プロセスの絵を描く必要がある。将来目的を明確にして、どの能力により重点を置くか考えて、仕事に取り組む必要がある。

すなわち、例えば、経営者を目指すとする。そうなると経営について、仕事と並行して、学ぶ必要がある。そうすれば、結構、ハードになるが、仮に経営者になれなくても、人生を楽しめるのは間違いない。だから、自分の絵を描けない人には、厳しいだろう。

また、これからの企業の多くは、アジアで展開しなければならない。すなわち、新戦力の大半は、いずれ海外での仕事になる可能性が高い。もちろん、それはそれで海外へ雄飛する機会を与えられるのだから、それをチャンスと考える人は、まだいい。

ただ、現在、就職を先延ばしている人々は、そういう覚悟も、多分出来ていないということだろう。最近は、海外留学も敬遠し、海外への見聞を広める意欲も低いという。しかしながら、今後の職場は、国内ばかりではないと覚悟しておく必要がある。

それは、大企業とか、中小企業ということはあまり関係がない。これからの若い人が、国際舞台で活躍するには、基本的に、より人間力が問われ、コミュニケーション力が問われる。基本的に求められるのは、他者に自分から働きかける積極性や行動力だ。

*追記

現在の、新卒者のレベルに、学校間格差は、そんなにない。偏差値とか言うが、入試レベルで成績が良くても、社会人で成功する保証が与えられているわけでもない。また在学中の成績は、よいことに越したことはないが、それが全てではない。せいぜい努力したことが認められるだけだ。

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2010年3月23日 (火)

人を使いこなすということ

報道によると、某国の某大臣(笑)は、部下への指示が細かいらしい。自分で何もかもしないと納得できないのだろう。彼は、企業で言えば、係長クラスが、抜擢されて重役になったようなものだ。組織の動かし方は理解していないかもしれない。

その結果、子ども手当という法律の制度設計が十分でない。官僚は、大臣から指示がないから、放置しましたよ、と言っているようなもの。迷惑なのは、国民だ。官僚のかつての暴走は、政治家が何もかも、官僚に丸投げしたからだが、そうかといって、官僚の仕事を縛ってしまっては意味がない。

国家としては、それでは困る。昔の話でも、子産という人が、ある国の政治を取り仕切っていた時、彼は民間に起こっている様々な状況に耳目を集中して、部下にいろいろ指示していたという。だが、こういうやり方で、国を治めることは不可能に近い。

やはり司、司で、それぞれの専門家に任せた方が効率がいい。もちろん、そのためには、政治家は、方向性は指示せねばならない。そういうことをやって、大なる目的を達成するのが、政治家だろう。政治主導と言っても、任せるものは任せなければならない。

自分の知や智は限られたものだ。目的、目標を明確にして、広く衆知を結集して、それを達成する知恵を出すことを努めさせ、仕組みを作れば、流れはできる。そのようにして、意識面から、人材を育成していけば、多くの物事はなる。

某大臣は、心身ともに疲れて、ぼやけた政治しか行えなくなる危険性がある。早く気付いて、やり方を修正すべきだろう。地位は人を作るというけれども、本人の意識をまず変える必要がある。

*参考文献 『韓非子』

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2010年3月22日 (月)

いつまでも、待ってはくれない

見染めた女性を、将来結婚すると、親と約束していても、現実には、なかなかそうならないのは、時と共に、双方を取り巻く環境が変化するからだろう。昔の詩人も、そういう経験をしている。

それは、杜牧之だ。彼は、名家の生まれで、将来が約束されていた。赴任地でも、上司の気の使いようは尋常ではなかった。31歳頃、湖州に赴任するのだが、遊びまくった。名家の出身で男前とくれば、遊びに行くと、女性もほっとかない。

そういうこともあって、その遊びは収まることがなかった。そこで、上司は、見るに見かねて彼を守るため、彼の行動を監視させた。そして、ある時、彼の行動記録を見せられ、いかに心配しているかを忠告して、戒める。彼は、恥じて、その行動を慎もうとした。

しかし、女好きが改まることはない。ただ、ある時、一人の美少女を見染める。12歳ぐらいだろうか。20歳以上の年齢差。彼は、ロリコン趣味か。まあ、遊び女ばかり、相手にしていると、未だ処女の女性に憧れるのだろうか。

そのことはおいておいて、母親に話をつけて、10年経てば、迎えに来ると約束する。だが、身分も違い、相手は良家だけれど、遊び人。当然のことながら、母親は心配する。10年も経てば、この娘も20歳を越えて、行き遅れてしまう。

当時は、それが当たり前。女の盛りは20歳前後。今の日本は、盛りの終わった女性が未婚でうろうろ(笑)。結婚して、子供を産んで育てて一人前と言われたのは、今は昔。少子化も進むわけだ。また脱線。

それでも、母親は、10年内であれば、待つけれど、それ以上は無理ですよと、杜牧之に念を押して、一応、約束を交わす。しかし、あれやこれやと12年の時が経つ。時が経つのは速い。

そして、帰って来て、悔やんで詠んだのが、次の有名な詩だ。題は、『別れを悵(いた)む』とある。見慣れない文字、「悵(いた)む」は、恨むの意。つまり後悔の念がある詩。

   自ら恨む 芳を尋ぬることの

   已(すで)に太(はなは)だ遅きを

   昔日曾(かつ)て見しは

   未だ開かざる時

   如今 風擺(はい。開くの意)して

   花狼藉たり

   緑葉 陰を成し

   子 枝に満つ

訳意は、次のようであろうか。「君を見染めて、結婚の約束もしたのに、戻ってくるのが少し遅かったようだ。かつて見た君は、蕾だった。私は、それを開くこともできず、今は、もう他人の妻。すでに女房らしくなり、子供も3人の親だ」と。

彼女が子供の頃とは印象が違い、大人の女になり、他人の妻になり、母親の顔。その顔(かんばせ)は昔の名残を残しつつも、すでに他人の顔だ。まあ、女性は、放っておくと、こうなるよという典型の話。今は、その逆もあるけれど。いずれにせよ、遠い先の約束には、無理があるということ。時の流れととともに、人の心も変わる。ああ、無情(笑)。

   

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2010年3月21日 (日)

春の音楽

春になり、暖かくなってきたので、朝の音楽を切り替えた。この時期を題材にした音楽は、ストレスがないと言われる。そこで取りだしたCDは、「Feel Nature Classic」(ARC)だ。これはリラクゼーション・ミュージックとして選ばれたものばかり収録されている。お気に入りの音楽もあれば、そうでないものもある。

  1  交響曲第6番「田園」第2楽章  (ベートーベン)

    2  春初めてのかっこうを聞いて  (ディリーアス)

    3  春の声  (ヨハン・シュトラウス)

    4  ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」第1楽章 (ベートーベン)

    5  前奏曲「雨だれ」 (ショパン)

    6  「冬」第2楽章 (ヴィヴァルディ)

    7  そり乗り (ディリーアス)

    8  フルート協奏曲第1番「海の嵐」第1楽章 (ヴィヴァルディ)

    9  交響詩「海」 (ドビュッシー)

  10  交響詩「モルダウ」 (スメタナ)

   11  組曲「グランド・キャニオン」 (グローフェ)

この中で、6番目のヴィヴァルディの「冬」第2楽章が選ばれ、「春」が選ばれていないのが意外だが、「冬」も、必ずしも、冬の厳しさは感じさせない。「春」は夏っぽく感じられるのだろうか。ノン・ストレスの音楽としては、「冬」の方が相応しいということだろうか。

それはともかく、しばらくは、これらの音楽を聴きながら、1日が始まる。やはり、春は、ウキウキしますね。人も、動物も、虫も、鳥も、活動的になるはずだ。    

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連休の観光

春の嵐が吹き荒れている。観光旅行中の方々は、少し大変かもしれない。でも、観光地の宿泊施設内で、じっとしているのも、それはそれでいい。あちこち見たい気持ちをぐっとこらえれば、また、いいこともある。

さて、本日は、春分の日。本当に暖かくなってきた。虫は、それをよく知っていて、嫌な虫も出現。まあ、これも仕方ないか。人間も、各地でうろうろ。やることは変わらない(笑)。観光地では、いろんなナンバーの車が来ている。

関西方面を除けば、関東エリア、長野方面、三重方面、岡山方面、広島方面が目立って多かった。駐車場は、と゜こも満杯のようだ。やはり連休の分散化は必要かもしれない。どこの地区がいつ連休が取れるか明確になれば、受け入れ側も対応しやすい。いろいろ意見はあるだろうが、柔軟に運営して、連休分散化を推進してほしいものだ。

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2010年3月20日 (土)

若い人の資産形成 その三

若い時は、賃貸生活でいいと思うが、インフレ時代になれば、資産形成の一つとして、不動産の所有が考えられる。デフレ時代には、ローンを組んで、不動産を持つのは非効率だが、インフレになれば、住居に限れば、不動産を所有することは必要かもしれない。

すなわち、賃貸料が上昇するので、インフレ動向を注視しつつ、不動産等の資産の価値の見極めとの資産運用とのバランスが求められる。

また、不動産を所有すれば、資産を持ち続けるのがいいのか、転売する方がいいのか、という問題が発生する。だが、一般的には、株や不動産売買には、リスクが伴うので、無理はしない方がいいと言われる。

あのバブルの時も、転売で儲け抜けたのは、初期の限られた人に限られる。多くの人は、自己資金でなく、借金に頼っていたため、破綻した人が多い。不動産で儲けようとする考えは持たない方がいい。すなわち、不動産を転がす発想は、現在の日本では、かなり難しいと言える。

よって、基本的に住居以外の目的で、不動産を持つのは、あまり勧められない。一般人は、不動産への投資は、そこに住むということでなければならない。

もちろん、インフレを前提とすれば、都市部の不動産投資には、チャンス到来のような時期に来ているとも言える。ただ、若い時は、将来の生活環境は予測できないので、慎重な考え方が求められる。

やはり、そういうことを考えれば、比較的安全な預貯金は、ある程度、確保しておく必要がある。それらのすべてを不動産購入に、つぎ込むことは避けるべきだ。結局はバランスだ。よって不動産に投資できるのは、手元資金が潤沢な個人に限られる。

インフレを見込んで借金する手もあるが、純資産で、手元流動性のある資金内で、最低限度に抑えるべきだろう。すなわち、最悪でも、手元資金と借りる金額が同等であることが望ましい(*注)。そのようにリスク配慮をしておけば、いざという時も、慌てないで済む。

そして、現役世代が、賃貸でなく、住宅を所有したいのであれば、例えば、マンションなら、中古マンションの使い切り・使い捨ての発想が望ましい。つまり、10年くらいで、ローンの返済が完了するぐらいの価格帯の物件が望ましい。そして、マンションを引き払う時も、残余価値はゼロとして予定しておけば、将来設計もしやすい。

あるいは、敢えて売却益を望むのなら、物件選びとしては、まず、優良資産の見極めをして、売却リスクを勘案した投資が望まれる。不動産に関しては、基本的に、鉄道の沿線で、交通の便がよいことが最低基準だろう。となると、現役時代は、都市部の中古マンション辺りが有望ということになる。

郊外のマンションは、今後も投資物件としては魅力が小さい。郊外は、戸建で、住まなければ意味がない時代だ。それは転勤等で移動のリスクがなくなる定年前後でいいだろう。更に郊外のマンションは、淘汰され、価格は更に下落し、整理されると見る。所有するのはリスクが大きすぎる。

また、定年近くに住宅を建てるとしても、住宅ストックが豊富な現在、新築にこだわるのは、ある意味ナンセンスであろう。むしろ優良中古物件を、安く買い取り、建て替えるか、リノベーションして、活用する姿勢が望まれる。

以上、資産形成の一つとして、流風の独断で、不動産の所有を見てきた。今後の経済状況は、不明なので、これらの意見がすべて正しいとは言えないかもしれない。ただ、現在、不動産市場は低迷しているが、今のうちに、それなりに各自で事前に研究しておくことは大切と考える。

*注

不動産投資は、資金を長期に固定させるというデメリットがあるので、先ほども述べたように、すべての資金を投入してはいけない。若い時は、住むための最低限度の投資でいい。

多額のローンを組んで、長期間返済するのは、インフレ時代には、ふさわしいのだが、そういう考え方は当面持たない方がいいだろう。

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2010年3月19日 (金)

パートナー選びと生活環境

子供の頃、ええしゅ(旧家等大きな家のこと)と言われる方々は、親同士の約束で、子供同士の結婚を約束したりしていた。許嫁(いいなずけ)と云われるものだ。本人の意思など無視して、親同士で勝手に決められるのだから、子供もたまったものではないと思う。

当時は、まだ家と家の結婚という意識が強かったからだろう。同じ生活レベルでの結婚がお互い幸せという考えが強くあった。女性は、ハイレベルから貰うのも、ローレベルから貰うのも、あまりよくないと考えていた。

実際、そのことは、母さえも、いろんな結婚例を話してくれ、「これこれの場合は、こうなった、これこれの場合は、ああなった」とよく話していた。流風は適当に聞き流していたが、昔の人の考え方は、別に金持ちでなくても、そういう考え方をしていた。

すなわち、家の経済状態のバランスが、幸せな結婚生活を招くと信じていたようだ。また「商家の娘さんとサラリーマンの娘さんとでは、その考え方は違うので、男が自分で商売しているか、サラリーマンしているかで、相手は、選ばなければならない」とも言っていた。

「あんたは、お父さんがサラリーマンやから、相手の女性もサラリーマンの女性でないといけない」と。これは、すなわち、自分の仕事のパターンが分かってくれる女性が望ましいということのようだった。だが、流風は、母の忠告を守らず、失敗した口だ(苦笑)。

実は、これは母が、商家からサラリーマンに嫁いだことの後悔があったかもしれない。結婚当初、いろいろ戸惑いが大きかったようだ。母は、すべてが大きく違ったとよく言っていた。だから、二代続けて、立場は違え、失敗したわけだ。母は離婚はしなかったが、よく別れたいと言っていた。

このことは、現在でも、言えることで、あまり生活環境の異なる異性を選ぶのは、あまりよくないかもしれない。若い人は、恋愛で、相手を選ぶにしても、事前に調査しておいた方がよさそうだ。最近は、案外、そのことが忘れられている。若い人も、一時的な好き嫌いだけで判断せず、よく考えて、相手を選んで欲しい。

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2010年3月18日 (木)

電子書籍の時代なのか

最近、書店のリストラが始まっており、大手の書店でも、欲しい作品が入手しづらくなっている。先日も、数冊の本を探したが、入手できなかった。流風が望むような関連書籍のコナーは無くなっていた。こういうことになると、立ち読みできない。

立ち読みして、内容を確認してから、購入するので、本当に困る。それに流風の場合は、その内容に加えて、書籍を手にとって、持った感覚、装丁なども考慮に入れるので、実物がないと困るのだ。

内容だけなら、ネットで立ち読みもできるものもあるが、それだけでは購買意欲は増さない。今後、本屋のあり方は、多様化すると思うが、専門書の類は、大都市の本屋しか現物を見れなくなるのは、大変残念だ。

さて、他方、電子書籍が話題になっているが、どんな本が、電子書籍になるのだろうか。仮に、流風が、電子書籍にしてもらいたいものは、次のようなものであろうか。分類としては、新聞、週刊誌、総合雑誌、旅行誌、グルメ関係の雑誌、ビジネス関係の書籍、流行小説などであろう。

まず新聞。よく指摘されるように、新聞は、ネットに情報を流した結果、その重要性は薄れて捉えられるようになった。コンテンツは、作っているのに、その情報媒体としての価値を失ってしまった。

大体、一日に流される重要な情報は。2~3件と言われる。だから、その他は、ゴミ情報。皆、惰性で読んでいたが、ネット時代には、その情報媒体としての価値も薄れてきた。だから、読みたければ、スポットで、電子書籍で読めればいい。それに毎日、大量の新聞紙というゴミを出しており、環境の時代に合わなくなっていることが、電子書籍を促進するだろう。

週刊誌、総合雑誌、旅行誌、グルメ関係の雑誌は、個人の趣味領域だが、個人で情報を整理しなおすのが結構大変だ。だから、体系的に、その都度、生の情報が引き出せたらいい。そしてネット情報との関係がどのようになっていくのだろうか。

また、ビジネス関係の書籍も、流行があり、基本的に蔵書すべきものは少ない。どちらかというと、読んだら、その価値は、なくなる。だから今の情報を消化している。だから、紙媒体だと、いずれゴミになる。電子書籍で十分だ。

それから流行小説については、いくら文芸賞がらみの本であっても、蔵書に値するかは、読んでみないとわからない。かつては、読んで、捨てた本も多くある。とりあえず、電子書籍で読んでみて、価値を認めれば、蔵書すればいい。

その他にも、マンガとかグラビア関係もあるそうだが、マンガは読まないので、流風には、あまり関係ない。グラビア関係は、もっと若い時に、あったら活用したかもしれない(笑)。本屋で、グラビア関係を買うのは、ちょっと恥ずかしいからね。今の若い人は、堂々と買っているのだろうか。

このように、今後、流風は、書籍を買うことと、電子書籍を購入することとは、使い分けをしていきたい。

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2010年3月17日 (水)

ドラマ『不毛地帯』から考える参謀のあり方

フジテレビ系ドラマ『不毛地帯』の放送が、先日終了した。全編を通じて、なかなか見応えのある出来だったと思う。視聴率は、期待ほど稼げなかったようだが、こういうドラマを視聴者が望んでいることを、テレビ局は忘れてはならないだろう。

シベリア抑留の経験を活かして、ビジネス界で活躍する主人公。日本がなぜ戦争に負けたのか。資源を持たざる国だったからか。彼に限らず、戦中派の人々は、いろんな思いがあっただろう。

今、私達が生活できるのは、戦争で、累々と重ねられた屍と、生き残った彼らの努力の積み重ねの上にあることを私達は忘れてはならないだろう。当たり前のように思う生活は、かつて出来なかったことは明らかだ。

さて、今回は、主人公が関東軍の参謀であったがゆえに、いろいろ悩んだことが表現され、またビジネスの世界でも、彼を取り巻く人々と共に、同様の複雑な思いがあらわれていた。そこで、参謀について、少し考えておく。

そもそも、参謀とは、あまりいいイメージのものではない。「謀」とは、はかることで、だますことだ。後ろ暗い感じだ。どちらかというと、トップの傍にいて、いろいろ策を巡らす陰険なイメージがする人物だ。

その結果、どちらかというと、茶坊主的な感じもする。あの石田光成もそうであっただろう。徳川家康の側近にも、そういう人物がいた。だから、前線の現場の人間からは毛嫌いされる。だが、権力者の近くには、必ずいる存在とも言える。

すなわち、参謀の存在価値は、トップとしてはできない「裏」の部分を処理する人間であるかもしれない。そのため、トップと同様、全体観は持っている。他方、現場は戦術に通じていても、戦略は見えない。

戦略は、秘すべき必要もあり、味方を騙すことも必要だ。だからトップに代わって、戦略の立案をする参謀は必要といえる。それがうまく機能する限り、組織活動は、うまく回る。だが、逆回転すると恨まれる立場だ。それゆえ、参謀は危険な仕事だ。

ということは、問題は、その参謀の人間性であろうということになる。どちらかというと、頭のいい人が多く、理想的な机上の理論に走りがちなのだ。だが人間関係を保つことに苦手な人が多く、現場のドロドロした業務を軽視しがちだ。

ところが、確かに理想論としては望ましくても、現実との擦り合わせをしなければ、どんないい戦略を立案しても、現場はスムーズに動かない。そういうわけで、どんな理不尽な要求や急な要請であっても、現場がいつも無条件に納得して動いてくれる人間性が、参謀には求められる。

しかしながら、現場の苦労や心理を十分把握している参謀が、過去に、どれくらいいたであろうか。多くが、権力を笠に着て(虎の威を借りて)、強権的な発言をする参謀が、現在でも、各所に見られる。つまり、そのように錯覚しやすい立場といえよう。

参謀は、トップが立場的にできないことをやるということで、その存在を無視はできない。しかしながら、参謀は常に謙虚である必要がある。そのことが、結果的に、組織戦略の遂行に役立つ。多くの組織の参謀は心せねばならないということだろう。

*追記

また参謀は、スタッフであり、ラインの長には相応しくない。社長が退任すれば、副社長も退任すべきだが、最近は、副社長が社長になったりして、あまり望ましくない。社長にするのは、専務か常務から選ばれるべきだろう。

*追記

『不毛地帯』は、いい内容だったし、本当にフジテレビは、ドラマを作るのがうまいと感じた作品だ。再放送もして欲しいし、DVD化もしてほしい。そして、このようなドラマを今後も作り続けて欲しい。スポンサーも、視聴率に捉われず、こういうドラマをもっと応援してほしい。

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2010年3月16日 (火)

訳詞を読むと、内容は恋は盲目

子ども時代、ラジオ関西から流れる洋曲を、親から注意されながら、よく寝ながら聞いた。それは小学生の高学年時代からだ。局の洋曲に詳しいアナウンサーや、小曽根実氏や、湯川れい子女史等が、いろいろ曲の解説をされていたように思うが、内容は全く覚えていない。彼らの解説も、音のように聞いていた。

当時の記憶に残っているのは、60年代、70年代の曲が、その中心となるが、60年代に聞いた曲で、“WHEN A MAN LOVES A WOMAN”というものがある。当時は、詞の内容も知らなかったが、先日、訳詞を読んでみると、まさに、これは恋は盲目がぴったりの内容だった。

歌っていたのは、パーシー・スレッジ。久しぶりに聞いてみた。少し懐かしい。詞の内容がわかって聞く曲もいいが、何も知らず聞いていた当時が、懐かしい。まあ、当時は、詞の内容を知ったところで、何もわからなかっだろう。

物事がわかるには時間がかかる。恋は盲目ということも、そうなのだろう。そういうと、若い時は、流風でも、いろいろあった。大抵が、一方的な片思いだけれど。多くの失敗もした。それが青春だったということになるのだろうか。

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2010年3月15日 (月)

画期的な花粉症薬開発?

暖かくなると、花粉症の季節に突入だ。後一週間ぐらいすれば、来るのだろうか。毎年、症状が出る時と出ない時がある。今年はどうだろうか。出ないでくれと祈りたい気持ち。

さて、先日、関西の某製薬会社が、画期的なアレルギー性花粉症薬の開発に成功したというニュースがあった。今月末に、ある学会で発表するようだが、商品化は、いつになるのだろうか。あまり待てないな。

そのニュースを見て、企業のホームページで確認してみると、甜茶、グァバの葉、シソの実に、ビフィズス菌を合わせたようなものだ。甜茶、グァバの葉、シソの実は、花粉症対策の健康食品として販売されている。それにビフィズス菌に関しては、ヨーグルトもある。

要するに、いいものを合わせたようなものらしい。ここまでは、素人でも考えそうなことだことだけれども、いかに配合するかがポイントのなのだろう。それでも、健康商品の効能を否定しなかったことが開発につながったのかもしれない。

民間で流布している健康商品も、研究して裏付けを取れば、医薬品になりうるということだろう。ただ、製薬化されるには、時間がかかるだろう。医薬品だったら、認可に時間がかかる。どういう位置づけで販売されるだろうか。

そうだとすれば、これらの健康食品を全部買って、適当に配合して試すのがいいか。それとも、薬が出るのを待つか悩ましい。早く、市場に出して欲しいなあ。

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2010年3月14日 (日)

「アイサレ」という言葉

先日、ある本を読んでいて、「アイサレ」という言葉を知った。流風が、誰にも「愛され」ていないからではない(笑)。実は、マーケティングの言葉。この言葉を説明する前に、アイドマ、アイサスについて、まず記しておこう。

アイドマ(AIDMA)は、人々の購買行動プロセスを説明した有名なマーケティング用語。これは誰でも、知ってますよね。つまり、

    Attention  (ある商品に注目する)

          ↓

       Interest  (興味を持つ)

         ↓

       Desire  (欲求が生じる)

           ↓

        Memory (記憶される)

           ↓

        Action  (購買する)

確かに、多くの人々の脳は、そのように意識して行動しているかもしれない。人々の消費・購買行動をうまく把握しているとして、この考え方は支持されてきた。

そして、時代は、ネット購買の時代。それに対応して、プロセスを変化させたものが、アイサスだ。アイサス(AISAS)のプロセスは、次のように説明される。

    Attention  (ある商品に注目する)

      ↓

       Interest   (興味を持つ)

      ↓

       Search    (検索して確認する)

      ↓

       Action   (決定して購買する)

      ↓

       Share      (感想を述べて、広める。情報の共有)

ネット時代の特徴は、情報検索が容易にできて、購買決定が早く、情報を共有するということかもしれない。よって、検索した時の納得の得られる分かりやすい内容や印象が大切ということになる。

そして、最近知ったのが、アイサレ(AISARE)だ。押切孝雄氏が、自ら作った造語と言う。それはネット時代のブランド化のようです。彼の説明によると、そのプロセスは次のようだ。

     Attention (注目する)

      ↓

       Interst      (興味を持つ)

      ↓

       Search     (検索する)

      ↓

       Action      (購買する)

      ↓

       Repeat     (繰り返し購入する)

      ↓

       Evangelist   (他人に伝道する。すなわち、広める)

アイサレとアイサスの違いは、繰り返し購入するということと、積極的に他者に伝えるということのようです。アイサスは、感想を述べるにすぎなかったものが、アイサレでは、これを一歩進めるのです。

実は、この理論は、サービスビジネスでは常識なので、アイサレという言葉は珍しいけれども、特に目新しい考え方ではありません。ただ、覚えやすい点では、評価できます。何と言っても、「アイサレ」ですから(笑)。

*追記

ただ、アイサレ(AISARE)の難点は、「E」のEvangelistが、一般の日本人には、馴染みのない言葉ということだ。造語を作る時の、ポイントをややはずしている。

   

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2010年3月13日 (土)

若い人の資産形成 その二

若い人たちが、これから資産形成するには、今後の日本の国の財政状況も理解しておかなくてはならない。

国債残高の多さに対して、少し前に、海外の格付け機関が、日本の国債の格付け見通しを、安定的からネガティブに引き下げたという報道があった。なお格付けは、現状、ダブルAのままだ。それに対して、何も対策を講じなければ、格付けが下がるという警告を発したのだ。

これは何を意味するのか。政府の対応が間違えば、将来、長期金利が上がるということだろう。金利を上げないと、国債の引き受け手が見つからなくなるということだ。それは放置すれば、ハイパーインフレを引き起こす可能性につながる。

もちろん、政府は極端なインフレにはブレーキをかける政策を取るかもしれない。しかしながら、財政再建のためには、ある程度のインフレを、これから覚悟せねばなるまい。これからは、インフレを前提とした生活設計の心構えが望まれる。

そして、社会保障への若い人の負担を小さくするためには、消費税をかなり上げざるを得なくなる。各政権は、国民の消費税アレルギーのため、消費税をアップさせる(*注)ことを避けてきたが、財政はより悪化している。

そういったことを踏まえれば、インフレになれば、昔から言われている、財産三分法の適用が気になることであろう。すなわち、そこそこ預貯金が貯まれば、預貯金、株、不動産に、均等配分すべきかもしれない。それまでは、預貯金を増やしておくことだ。

*注

高齢者は消費税アップに反対するだろうが、若い人は、消費税を上げなければ、他の負担が大きくなるから、アップして、年金等社会保障の仕組みが改善されるなら、賛成に回った方が得になる。消費税問題は、世代間の争いになるが、日本全体として見れば、高齢層から若い世代への資産移転は望ましいかもしれない。但し、消費税で業者益が発生しており、それをどうするかという問題は、先に片づけなければならない。

*追記

このコンテンツを記したのは、本来、企業の人事部が従業員に指導すべきことが、なされていないと聞いたからである。ただ、流風の意見が絶対正しいとは言わない。一つの参考意見としてもらえばと思う。

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2010年3月12日 (金)

自分を治めるということ

自分を治めるのは、簡単なようで、簡単でない。すなわち“自治”は、案外難しい。現在、地方自治への権限移譲が叫ばれているが、当事者は、相当しっかりした考え方をしないと危うい。

それは個人にも言えて、基本的に独立心が重要ということになる。若い人がいつまでも、実家を頼りにするのは、あまりよくない。いかに親離れするか。それは、親だけでもない、できるだけ他者には極力頼らないようにする心構えは大切だ。

もちろん、とことんやって究極的には頼らざるをえなくなることもあるかもしれないが、初めから依存心を持たないことだ。依存心は、心を弱くする。自分がしっかりしなければと思うと、その考え方、行動も、しっかりしてくるものだ。

以上のことは、戦前の政治家で、東京市長にもなった後藤新平が、同様なことを、次の三カ条として、挙げている。

 一、人のお世話にならぬよう。

 一、人のお世話をするよう。

 一、人に報いを求めぬよう。

人に頼ることはしてはいけないが、人の世話は積極的にやって、その見返りを求めてはいけないと言っている。これを後藤は、「自治宗」と呼んでいる。これだと、他人は頼ってきてもいいが、自分は他人に頼らないようにしようと言うことのようだ。

すなわち、これは、リーダーの心構えということかもしれない。でも、人は、皆、それぞれがリーダーであることを忘れてはならないだろう。

*注記

ここでは、「自己を修める」という修練とは違った観点で記している。それは経綸の才を磨くことを含めての心構えである。

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2010年3月11日 (木)

若い人の資産形成 その一

低成長が続く日本において、若い人たちが資産形成することは大変なことかもしれない。若い人たちを取り巻く環境は厳しい。少子高齢化の影響で、基本的に国内市場のパイが大きくならない以上、その分け前も小さくなるからだ。

それでも、若い人たちは、少しずつ資産形成することは無駄でないかもしれない。老後は、若い人たちも働けなくなる。年金は、不安定だから、自ら対策を打つしかない。若い人たちへのアドバイスにはならないかもしれないが、若干気付いたことを今後、記していく。

子どもは、いつの時代も、親からの相続がないとすれば、自分で稼いで資産形成する必要がある。その方法は、以前に記した安田善次郎のやり方が、現実的であろう(拙ブログ「安田善次郎の蓄財」)。実績のない流風が述べるより、十分説得力があるので、ここでは、くどくど申し上げない。

ただ、はっきり言えることは、いつの時代も、所得の中から、一定の預貯金をして、こつこつ増やすしかないということだろう。そして、ある程度貯まったら、若い人は時間が十分あるのだから、それを活用して運用するしかない。

しかしながら、最初からリスクマネーに投資することは勧めない。折角、貯めた預貯金がなくなってしまえば、元も子もない。ただ預貯金は、インフレに弱いので、長期に資金を固定させず、金利の変動を見定めて、弾力的運用できる状態にしておくのは大切だろう。

預貯金の利子は低いので、投資への誘惑は強いかもしれないが、あまり利殖のことは考えず、ひたすら働いて貯めた方が効率が、いいかもしれない。若い時は、体力があるから、働くことは、貯蓄につながる。

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2010年3月10日 (水)

介護者や医療従事者の食事

親が入院した時、親自体は、病院から病院食が出されるから問題ないが、家族が見舞いする時、泊りがけになる場合がある。そこで、いつも困ったのが宿泊施設と食事だ。都市部の病院であれば、各種飲料施設が周辺にあったり、最近はコンビニのあるところもある。だから、困ることは少ない。もちろん宿泊も、何とかなる。

ところが、田舎にある施設だと、周辺には何もなく、病院内に売店があるくらいだ。その売店も、夜の7時ぐらいには、閉まってしまう。もちろん、宿泊施設もない。車での移動も考えられるが、介護者は精神的にも体力的にも疲れており、運転は、あまり望ましくない。だが、タクシーも、夜遅くなれば運行していない。

結局、病院の了解を取って、長椅子に寝るくらいだろう。そのように見舞いする者には、厳しいものかある。流風も、そういうことが続いて、食事がまともにできなくなって、急速に痩せていった記憶がある。大変危ない状況に陥った経験がある。

ところが、これは何も見舞いする者やや介護する者だけでなく、医療関係者の環境も厳しいものがあるようだ。特に宿直者は、厳しい状態におかれているようだ。いつも売店に売っているような物ばかり食していれば、医師が健康を損なってしまう。それこそ紺屋の白袴だ。

そこで、兵庫県西脇市のボランティアグループが市立西脇病院の当直医たちへ、土曜日に、食事の差し入れを始めたらしい。今のところ、3種類のおにぎりらしい。それでも、ラーメン類を食するより、ましだろう。もっと頻度を増して、内容をグレードアップすれば、医療従事者の健康も守れるし、士気も保てる。こういうことは、地域医療を守るためにも、あらゆる地域で、行われていいのではないか。医療従事者が健康を損なうようなことがあれば、元も子もない。

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2010年3月 9日 (火)

爪に火を灯す

爪に火を灯すと言っても、今の若い人にはわからないかもしれない。切った爪に火が灯されるのかは疑問があるとしても、現代風に表現すれば、超貧乏ということである。昔は、そういう心意気で、立志伝中の人々が出現した。子どもの頃、母親から、いろんな人の苦労話を聞かされた。

だが、爪に火を灯すという発想は現在では、しないと思う。もちろん、現在でも、電気を止められ、ガスも止められ、ついに水道も止められることはあるだろう。でも、景気が悪いと言っても、餓死者は出ない。

格差は拡大していると言っても、戦前とは違う。仕事やチャンスが与えられるものと思っている限りは、格差はなくならない。最早、サラリーマンであっても、仕事は自ら創る時代。まだまだ仕事を創れる余裕が日本にはある。

ただ、それを見過ごすか、やってみるかで、格差が生まれるだけのこと。格差格差と騒がずに、爪に火を灯す心意気で、仕事に取り組んでほしいものだ。格差を作るのは自分次第ということを忘れてはならない。

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2010年3月 8日 (月)

新料理本追加

料理のアイテムが増えているわけでもないのに、ついつい買ってしまう料理本。料理をそんなに深くやらないのに、料理の道具をよく買っていた母からの遺伝か(苦笑)。でも、母よりは、作る料理のアイテムは多いと思う。

まあ、これは父も悪い。父の体質に合う料理や好きな料理は限られていたから、どうしても料理が偏っていたから、仕方ない面もある。母がたまに新しい料理を作ると、まずいとか文句を言って、やる気を失くさせる。やはり、料理は褒めないと、上達しない。料理を作る人には、感謝をしないといけないよ。

さて、今回、また料理本を購入した。それは、新居裕久著『21世紀の医食同源』(ベターホーム出版局)。この本の題からすると、料理本に見えないが、実は、医学的見地から示された、ちゃんとした料理本。副題に「医者も奨めるかんたん美味レシピ93」とある。

流風の急所を突いてくる副題だ。まず「医者も奨める」。そして「かんたん」。最後に「美味」とくれば、買うしかない(笑)。もともと『ベターホームの和食の基本』には、日々お世話になっているから。ベターホームに親近感もあるし。

和食については、母からもらった土井勝著『日本料理全書(上巻・下巻)』があるのだが、どうも料理の百科事典のようで、読みにくい。時々、見るが、料理本は、多少軽めの方がいい。

それでは、今後、この『21世紀の医食同源』のレシピをじっくり検討しよう。果たして、料理アイテムは増えるだろうか。

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2010年3月 6日 (土)

すっぴんの女性たち

最近、女性タレントで、すっぴんを見せるのが流行っているらしい。そして、意外にも、すっぴんがきれいなので、騒いでいる。そして、ついに宣伝にも登場するようになった。子ども時代のすっぴんのイメージと、現状の化粧した顔。

男としては複雑な気持ちだ。以前にも、女性は二つの顔を持つとして、ブログに記したが、男はどちらの女性の顔と相対しているのだろう。夫婦であれば、妻が化粧している場合もあれば、すっぴんのこともある(*注)。

だが、段々と遠慮がなくなり、化粧も手抜き、服装も、だらけてくると、男は、他の方に目移りする。ちょっと飲みに行って、ふらふらと違う美しい女性(錯覚に過ぎないのだが)に関心を持つ。男だったら、誰にもありそうなこと。

ところが、声をかけた女性が、実際は妻だったらどうするだろう。妻が、おめかしして出かけたところを、知らずに、ちょっかいかけたところ、妻だったという話が『今昔物語』にある。多分、普段とのギャップが大きかったのだろう。

この主人公、茨田(まむた)の重方は、稲荷詣でに、他の舎人と一緒に出かけたところ、美しい女性に出会う。それが妻だと分からなかった。でも、こういうことは、現代でも、同様なことがあるだろう。

この話は、確かに何回読んでも、面白い。女性は、誰でも、おめかしして出かけると、家とは違う表情を見せる。馬子にも衣装、という言葉があるが、それなりに化粧して、おしゃれすれば、女性は確実に化ける。結構、濃い化粧されると、本当に誰だかわからなくなる。女性が化けるのは、ほんとに恐ろしい(笑)。

それにしても、大体、外出時における化粧は誰のためにしているのだろうか。大いなる疑念(笑)。身だしなみと言われると、それまでだが、誰に見せるのか。それとも、外部には、作られた顔をさらしているのだろうか。

でも、パートナーが、いつも、すっぴんでいいかというと、それもなんだかなあ。女性が、男に、両極端を望むように、男も、女性に、二面性を求める。男女は、お互い、相手に変化を求めているのだろう。

*注

男は、その点、顔の表情は、化粧で隠すことはできず、読みとられやすい。よって、常に素顔で勝負しなければならない。

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2010年3月 5日 (金)

不規則な生活は短命を招く

人間の身体というものは、太陽が昇って日が明るくなれば起き、そして太陽が落ちて暗くなれば、眠りに就くという動物の基本的な生活習慣が望ましいとされる。だから季節ごとに、起きている時間は異なるが、人間が自然の一部と考えれば、納得できる考え方だろう。

ということで、流風は、若い時から、規則正しい生活を続けてきた。親から、お前は身体が強くないから、せめて規則正しい生活をして延命しろ、と言われてきたからだ。現役時代も、残業は最小限度に留め、同僚には悪いとは思ったが、早く帰宅していた。その代わり、朝早く出て、仕事の段取りをつけるようになったから、そんなに周囲に迷惑をかけた記憶はない。

ただ、最近の人たちを見ていると、夜更かしは多いし、子どもたちさえ、早く就寝させていない。こういう習慣を持つと、大人になってから、大変だろうなと思う。仕事も、いろんな職業があるから、定時に始まって、定時に終わるものは、なかなかないとは思うが、工夫次第で、段取りをつければ、規則正しい生活は可能であろう。

やはり大変なのは、サービス業かもしれない。顧客に合わせる職業と言うのは、生活が不規則になりやすい。だが、それが続けば、彼らの健康を知らず知らず蝕むことになる。診療科目によっても違うけれど、医師の寿命が比較的短いのも、そういうことが影響しているのだろう。

芸能界の人々も、そうだろう。激しいスポーツをする選手たちもそうかもしれない。確かに、どんな職業に就いていても、ここは踏ん張りどころという時期がある。そういう一時的な不規則は、まだ許される。けれども、継続的な不規則な生活は、できるだけ避けたいものである。

もちろん、不規則な生活が、自分の価値観と言われてしまうと、それ以上には、規則正しい生活を勧めはしない。ただ、短命になることを覚悟しなければならない。そして、最後になって、寿命を延ばしてくれと言っても、それは叶わぬことであるという覚悟が必要だ。

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2010年3月 4日 (木)

低体温の女性たち

ブログをあちこち見ていると、低体温で悩んでいる女性が案外多い。これは、がん体質を招くと言われる。原因は、はっきりとわからないが、簡単な食事で済ませたり、外食の摂り過ぎの可能性がある。

最近は、仕事を持つ女性が多いので、外食や中食が多く、栄養が偏っている可能性もある。ある程度、外食は避けられないかもしれないが、極力、弁当などを持参して、健康に配慮したいものだ。また、ダイエットのために、過度に食事を制限するのも問題だ。

低体温症は、適度の運動と、きちんと家庭料理を食していれば、避けられるようだ。ただ、最近の家庭料理は、昔のおふくろの味とは程遠い、洋食ものが多い。これはこれで問題も多い。加工された中間品を使えば、外食と同じようになってしまう。

内食はいいが、昔ながらの、おふくろの味の健康にいい食事を摂りたいものだ。基本的には、旬の物を摂ることが望まれる。その季節以外に取れるものは出来れば摂取を控えたい。例えば、冬は根菜類、夏は夏野菜等、できるだけ、素材の良さを生かし、簡単に加熱調理して、食し続ければ、身体は素直に反応する。

またダイエットと称して、あまりに少ない食事は、健康を損なう。かつて母は、嫁さんの条件は、ぶつけても死なないような方がいい、と言っていた(笑)。ぶつければ、即折れてしまいそうな女性は、確かに男から見ても、あまり魅力はない。あまり勘違いしないことだ。

モデル業界でも、痩せすぎたモデルは敬遠する方向にあるらしい。肥えたモデルは、遠慮したいが、基本的に女性は、中肉中背がよろしいということになる。

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2010年3月 3日 (水)

体調回復とおかゆ

本日、2本目の投稿。

やっと胃腸が正常になった。二週間ほど、不愉快な状態が続き、これは悪い病気かなと、少し心配になったが、回復した。やはり体力が落ちているのだろうか。しかし、なぜよくなったのかもわからない。膨満感から始まり、屁が多発し、いろいろ試した薬が悪かったのか下痢になり、それから急速に回復した。

この間、困ったのは、やはり食事。食欲は全くなかったが、何かを摂取しないと余計によくいけないと思って、おかゆを作ることにした。実は、流風は、おかゆを作るのが得意ではない。生前、母の介護で、指示通りつくるのだが、いつもうまくいかず、母を満足させることはできなかった。

終わりごろには、もうお手上げで、おかゆメーカー(象印製)なるものを買って試してみたが、母はそれでも不平を言っていた。生涯、おかゆで、母を満足させることはできなかった。

そして、今回、あまり使わなかった、その、おかゆメーカーを取り出して、おかゆを作ってみた。もちろん、普通の電気釜でも、作れるらしいのだか、作ったことはない。おかゆメーカーがあるのだから、折角だから、それを使ってみた。

これはご飯からでも、お米からでも、作ることが出来るので便利だ。水加減で、いろいろなおかゆを作ってみた。出来は、母だったら満足できないのだろうが、流風には上出来。これと梅干しで、何日も過ごした。これなら、おかゆを簡単にできる。

以前、朝は、おかゆにしようと思っていたのだが、邪魔くさくして、実現していなかった。塞翁が馬というか、今後、この、おかゆメーカーを使って、朝食に利用してみようと思う。

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名古屋市、緑地保存域導入

日本は、森林を含め、緑を大切にしてきたが、バブル以後、無用の開発をして、自然が台無しになった地域は多いし、現在も、まだいろいろ開発されている。だが、このような発想は、最早、頂けない。

残念ながら、日本は、大規模開発等により、緑被率が、年々低下しているらしい。2005年で、なんと25%とのこと。それを防ぐには、都市緑地法による特別保全地区指定というのがあるが、土地の買い取りとか、いろいろ難しいことがある。それに緑被率は、30%以上と、極めて緩い。

そこで、名古屋市が、緑地保存地域を導入するそうだ。緑被率、すなわち緑が土地全体に占める割合を60%以上とし、建ぺい率も20%とする。これは大変いいことで、全国で、もっと推進すべきだろう。大規模開発はいらないし、人々がもっと自然を楽しめる空間にすべきだろう。

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2010年3月 2日 (火)

鶯の初音

    うぐひすの 啼くやちひさき 口明(あい)て

                          蕪村

3月になった昨日、出先から帰ってきて、着替えをしていると、ちょうど、その時、鶯の啼き声が聞こえた。今年、初めてだ。毎年、いつものように、この時期に聞く、鶯の啼き声は、どこか頼りない。完全に、ホーホケキョに聞こえない。啼きのならし運転というところかな。

でも、どこで啼いているのだろう。遠くではなさそうだ。いつものように電線の上で、練習しているのだろうか。メジロのように、人の近くに寄ってこない。警戒心が強いのだろう。まあ、それでも、声だけでも、楽しくなる。春はもうそこまで来ている。

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