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2010年3月17日 (水)

ドラマ『不毛地帯』から考える参謀のあり方

フジテレビ系ドラマ『不毛地帯』の放送が、先日終了した。全編を通じて、なかなか見応えのある出来だったと思う。視聴率は、期待ほど稼げなかったようだが、こういうドラマを視聴者が望んでいることを、テレビ局は忘れてはならないだろう。

シベリア抑留の経験を活かして、ビジネス界で活躍する主人公。日本がなぜ戦争に負けたのか。資源を持たざる国だったからか。彼に限らず、戦中派の人々は、いろんな思いがあっただろう。

今、私達が生活できるのは、戦争で、累々と重ねられた屍と、生き残った彼らの努力の積み重ねの上にあることを私達は忘れてはならないだろう。当たり前のように思う生活は、かつて出来なかったことは明らかだ。

さて、今回は、主人公が関東軍の参謀であったがゆえに、いろいろ悩んだことが表現され、またビジネスの世界でも、彼を取り巻く人々と共に、同様の複雑な思いがあらわれていた。そこで、参謀について、少し考えておく。

そもそも、参謀とは、あまりいいイメージのものではない。「謀」とは、はかることで、だますことだ。後ろ暗い感じだ。どちらかというと、トップの傍にいて、いろいろ策を巡らす陰険なイメージがする人物だ。

その結果、どちらかというと、茶坊主的な感じもする。あの石田光成もそうであっただろう。徳川家康の側近にも、そういう人物がいた。だから、前線の現場の人間からは毛嫌いされる。だが、権力者の近くには、必ずいる存在とも言える。

すなわち、参謀の存在価値は、トップとしてはできない「裏」の部分を処理する人間であるかもしれない。そのため、トップと同様、全体観は持っている。他方、現場は戦術に通じていても、戦略は見えない。

戦略は、秘すべき必要もあり、味方を騙すことも必要だ。だからトップに代わって、戦略の立案をする参謀は必要といえる。それがうまく機能する限り、組織活動は、うまく回る。だが、逆回転すると恨まれる立場だ。それゆえ、参謀は危険な仕事だ。

ということは、問題は、その参謀の人間性であろうということになる。どちらかというと、頭のいい人が多く、理想的な机上の理論に走りがちなのだ。だが人間関係を保つことに苦手な人が多く、現場のドロドロした業務を軽視しがちだ。

ところが、確かに理想論としては望ましくても、現実との擦り合わせをしなければ、どんないい戦略を立案しても、現場はスムーズに動かない。そういうわけで、どんな理不尽な要求や急な要請であっても、現場がいつも無条件に納得して動いてくれる人間性が、参謀には求められる。

しかしながら、現場の苦労や心理を十分把握している参謀が、過去に、どれくらいいたであろうか。多くが、権力を笠に着て(虎の威を借りて)、強権的な発言をする参謀が、現在でも、各所に見られる。つまり、そのように錯覚しやすい立場といえよう。

参謀は、トップが立場的にできないことをやるということで、その存在を無視はできない。しかしながら、参謀は常に謙虚である必要がある。そのことが、結果的に、組織戦略の遂行に役立つ。多くの組織の参謀は心せねばならないということだろう。

*追記

また参謀は、スタッフであり、ラインの長には相応しくない。社長が退任すれば、副社長も退任すべきだが、最近は、副社長が社長になったりして、あまり望ましくない。社長にするのは、専務か常務から選ばれるべきだろう。

*追記

『不毛地帯』は、いい内容だったし、本当にフジテレビは、ドラマを作るのがうまいと感じた作品だ。再放送もして欲しいし、DVD化もしてほしい。そして、このようなドラマを今後も作り続けて欲しい。スポンサーも、視聴率に捉われず、こういうドラマをもっと応援してほしい。

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