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2010年4月28日 (水)

『彩~鶴澤派から応挙まで~』を鑑賞

先日、兵庫県立歴史博物館で開催されている、『彩~鶴澤派から応挙まで~』展を鑑賞してきた。丸山応挙の師が、明石出身の石田幽汀という人らしいが、彼は、京都を拠点とした鶴澤派の画師だったことから、その流れを見つめた展覧会だ。この博物館は、いつも割りと面白い企画が多いが、今回も十分楽しめた。

鶴澤派というのは、あまり有名ではないと思うが、狩野派から分派した画師集団らしい。以前、京都御所の障壁画展を鑑賞したが、それらの一部にも参加しているようだ。鶴澤探山、探鯨、探索、探泉、探春、探龍、探真と、江戸時代続き、明治に入り、幕府の画師としての役割は一応終える。

鶴澤探山の時代は、狩野派の影響を強く受けているが、その子の探鯨以降は、画風が変わっているらしい。そういうことで、鶴澤派として確立されたのは、探鯨以降となる。そして、代々、その画風は革新されているところに、現代人は、ある意味、示唆を受ける。老舗が続いていくのと通じるものがある。

また鶴澤派からは多く弟子を輩出させており、弟子育成システムも注目されている。それは、画本を門人の教育に使っていることだ。それ以前は、師弟関係で、職人的にマンツーマンで教える方法が主流だった。師弟は一緒に生活し、師のすべてを理解し、そこから師の全人生を吸収し、そこから、やり方を学ぶ方法だ。

ただ、それでは、量的な人材育成には限界がある。しかし、画本であれば、弟子が遠くにいても、教えることができる。そうすることで、多くの人材を育成できる。現代では、教科書が当たり前でも、当時は画期的なことだったかもしれない。この新しい人材育成の方法は注目に値する。他の分野でも、マンツーマンがほとんどだった時代に、画期的な発想だ。

当然、均一化された良質の人材が輩出するから、ある程度の勢力は確保できる。ある意味、大量生産が可能だ。芸術の分野で大量生産は、おかしいと言うかもしれないが、いつの時代も、芸術だけで飯を食うのは難しい。

ある程度一般化された芸術は、量産化して普及させれば、いろんな需要をこなすことができる。よく言われるように、芸術家が食うには、片手にやりたい芸術、片手に一般受けする芸術をバランスよくこなすことなのだ。実際、鶴澤派が、そのようであったかはわからないが、需要をこなすために考えられたシステムであろう。

さて、その日本画は、どれも色彩豊かなものばかりだ。もちろん、中国画の影響は受けている。題材も、そのようなものも多い。特に人物画はそうだろう。自然を描いてるものは、いろいろだ。中国画風のものもあれば、日本的なものもある。華道に通ずる描き方も当然ある。華道は、ある意味、日本画でもあると言われるから、それは当然だ。

もちろん、封建時代の日本画の題材には、制限がある。何もかも描けない。その限られた題材の中で、画師がいかに主張するか。依頼者や一般人には、わからないが、観る者が観れば、あるサインを送っているものもあると推定される。

例えば、題材、人物画の人物の姿勢や目のおき方、目線の先、背景画、色彩バランスに、何か意味があるのだろう。残念ながら、流風には、それ以上に理解する能力がない。日本画については、さらに学ぶ余地は大きい。ただ、今回は、近世の日本画に影響を与えた鶴澤派に画期的な人材システムがあったことを知ったことで諒としよう。

平成22年6月13日まで。

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2010年4月27日 (火)

『ピカソ円熟期の版画展』鑑賞

最近は、洋画は内外の画家共に、鑑賞はしないが、気になる画家はいる。それはピカソだ。中学生時代、美術の講義の中で、はじめてピカソを知った。へんてこりんな絵には、少し戸惑った。先生によると、「彼は、もちろん、きちんとした絵も描けるのだが、それを超えたのが、今、皆が見ている絵だ」とかいったような説明があったと思う。

そのピカソの展覧会が、明石市立博物館で、『ピカソ円熟期の版画展』と題して、開催されているので、鑑賞してきた。この展覧会には、子どもさんも来ていたが、不思議そうに見ていた。親が「わかるか」と問いかけると、首をかしげていた。

そもそも子どもの絵も、大人からすると、わかりにくい絵を描くと思うのだが、子どもの感性では、彼の絵は、理解は難しいかもしれない。ピカソのテーマは一体何だったのだろうか。天才ゆえ、凡人には分らぬ何かを見つめていたのだろうか。

ただ彼の生涯における異性関係は、多情多感という領域にある。多数の女性と恋愛関係になり、奔放な人生を送っている。彼は、女性をどのように捉えていたのだろうか。会場では、画家とモデルの関係や、牛と闘牛士の関係と重ね合わせて、説明されていた。

彼の恋愛は、多分、対象となる女性モデルを多様性、多重性に於いて見つめる実験だったのかもしれない。時に、社会性を織り交ぜて描いているが、それはカムフラージュに過ぎないだろう。彼が描くのは、男女関係の綾だ。

絵を描く時の、モデルの女性の表情の変化、変化を与える要因を探し続けたのではなかろうか。そして、それは画家自身の彼においてさえもそうで、自身を客観視して、自分に影響を与えている要素さえも分析しようとしている。

影響を与える要素としては、モデルとの関係性と、その状態。ピカソやモデルに対して、別の恋愛関係が及ぼす相互の心理状態。そして社会的環境要素。それらが幾重にも重なって、絵は表現される。結果的に、彼の描く絵画は複雑になる。

これは鑑賞者にとっては、ある意味、行間を読む読書だ。単に美しいとか、きれいの段階ではない。男女の心理の綾、恋愛実験、歴史的背景などが絡み合って、作品は形成される。ピカソ鑑賞は、遊びとしては、いいかもしれない。

だが、複雑そうに見えて、案外シンプルかもしれない。流風も、今の歳になって、やっと少し理解できたような気がする。それに、すべての版画を通じて、わかることは、彼が愛に飢えていたのではないかということ。よって、愛を求めて彷徨ったのだろう。

しかしながら、恋をいくら重ねても、真実はなかなか掴めなかったのではないか。ただ、それを追い求めたことで、彼は92歳まで長生きできたとも言える。愛を求めての彷徨は、決して楽しい人生とは第三者からは見えないのだが、それが天才芸術家の宿命だったのかもしれない。

平成22年5月9日まで。

*注記

上記の記事は、ピカソの研究をしたこともない、一般人の流風の個人的見解です。ただ、鑑賞して、感じ取ったことを記したにすぎません。ピカソの専門の研究家からすれば、異論があるかもしれません。

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2010年4月26日 (月)

大型連休前の観光地を歩く

昨日、神戸、明石、姫路周辺を散歩してきた。どちらも連休前のためか、かなり観光客が少ない感じ。

神戸市内は、観光に最適な穏やかな天気だったが、いつもの感じとやや異なった。行き交う人が少ない。確かに、あちこちで地図を広げて、場所を確認している姿は、いつもと同じ。でも、観光施設にも、あまり人がいない。やはり連休前ということで、少ないのだろうか。

ただ、多いのは、神戸の百貨店の食料品売り場。どことも、ごったかえしていた。流風も、買いたいものがあったのだが、店員がてんやわんやで対応してくれない。止む無く、パス。

明石市内は、いつもと、そんなに変わらなかったが、若干、団体客が多かったかも。その他は、明石公園も、静かな感じ。でも、家族連れのピクニックはいつもの感じ。散歩ついでに、近くの文化博物館で、『ピカソ円熟期の版画展』が開催されていたので、鑑賞してきた。洋画展は、最近は鑑賞しないのだが、ピカソは特別。内容は、後日報告しよう。

姫路市内は、閑散とした感じ。姫路城が改修工事のため、入館できなくなったからだろう。約五年間は入館できない。外観は、まだ見ることができた。いずれ、すべて覆われるのだろう。

周辺の公園では、家の牡丹は、まだ咲かないが、多数の牡丹が咲いて公開されているらしい。今回は、入らず。それにしても、お城頼りの姫路は、これから観光客集めが大変だろうな。まあ、お城抜きの観光開発ができるという点では、チャンスでもあるが。

兵庫県立歴史博物館で、『彩~鶴澤派から応挙まで~』を鑑賞してきた。丸山応挙の師が、明石出身の石田幽汀という人らしいが、彼は、京都を拠点とした鶴澤派の画師だったことから、その流れを見たものの展覧会だ。これも内容は、後日のブログで報告しよう。

さて、連休を休める日程は、人それぞれだろうが、連休中の関西の長期天気予測は次の通りだ(カッコ内は、最近の予測。5月5日まで)。 

 4月29日 晴れ (曇りのち晴れ)

 4月30日 雨 (晴れのち曇り)

 5月1日  曇り (晴れのち曇り)

 5月2日  雨 (晴れのち曇り)

 5月3日  雨 (曇りのち晴れ)

 5月4日  晴れ (曇り)

 5月5日  曇り (曇りのち雨)

 5月6日  雨

 5月7日  雨

 5月8日  曇り

 5月9日  晴れ

予測だから、当たるかどうかわからないけれど、あまりよくない。最近の予測は、長期予測よりいい。いずれにせよ、曇りが多い。でも、カンカン照りより楽かもしれない。それでも女性の方は、紫外線が強くなるそうだから、要注意。

さて、流風は、どうしようか。この時期の観光旅行は基本的にパス。パスポート購入済みの淡路の花博に行くべきかどうか迷っている。それとも、いつものように近場の散歩になるのだろうか。

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2010年4月25日 (日)

里芋の料理

里芋は、好きな食材の一つで、昨年は、家庭菜園で、たくさん作った。もちろん、すべて食べきって、手元にはない。先日、スーパーに行くと、残念ながら地元産ではないが、手頃な価格の小芋があったので、たくさん入手した。

里芋には、親芋と小芋があるが、親芋には、ゴリ(煮ても堅くて食せない部分)があることが多いので、父は、小芋が好きだった。それで親芋にゴリがあると、父はぶつぶつ言っていた。でも、小芋はいつも出回っていないので、母は、その入手に苦労したようだ。

里芋料理は、色々作るがシンプルなのは、太いネギと一緒に出汁と酒と醤油で煮込むもの。ネギの甘さと共に美味しい。醤油はできるだけ少なくして、素材の味がわかるようにしている。また大根と人参と一緒に煮たものも美味しい。大根と人参とを煮たものも美味しいが、小芋を入れると、更に美味しさが増す。

その他には、小芋と豚バラ肉の煮込んだものは、また美味しい。小芋は、豚肉と相性がいい。小芋は、皮をむいて先に茹でておき、鍋に油を熱して豚バラ肉を炒め、茹でた小芋を入れ、出汁、砂糖、みりん、醤油で味付けるだけ。大変美味しい。

ただ、小芋料理は、皮がむきにくい。ということで、最近は、剥いたものがパックにされて売られているので、一度利用したが、大変まずい。それに保存剤も使われていることだろう。やはり手間暇かかっても、自分で剥くのがいい。

しかしながら、皮むきで、皮膚がかぶれる人もいる。流風は大丈夫なので、包丁で剥くが、そういう人は、小芋の泥をまず落として、熱湯で数分湯がいて、熱々のうちに皮を剥く方法(布巾などで剥く)もある。ただ流風は、あまりうまくいかないので、包丁で剥いてから少し湯がいている。

里芋は、冷蔵庫には絶対入れないが、里芋から芽が出るようになると、食するのは終わりの時期に近付いている。時期的には、根菜類を主として食する季節からははずれつつあるが、今年は何分寒いので、芽はまだ出ず、当面、まだ根菜類のお世話になることになるだろう。

*追記

今回は取り上げなかったが、以前紹介したイカと里芋の煮物も美味しい。

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2010年4月24日 (土)

ミツバチと農業問題

ミツバチが少なくなったとか、死滅したという報道がよくされている。これは近年、日本だけでなく、米国でもだ。考えられるのは、日米共通の農薬が影響しているのかもしれない。一番考えられるのは、近年、米国から輸入して普及した除草剤(あくまでも、仮説だけれど)。

手軽で、人体にも影響がないというものだが、どこか不自然。やはり生物学的には問題があるのだろう。仮に人間には、短期的に影響が出てこなくとも、身体の小さいミツバチには、よくないから、すぐ反応する。それがミツバチの少なくなった原因の可能性は高い。

というのは、流風は家庭菜園をしているが、農薬は使っていない。もちろん、除草剤もだ。それに変な化学肥料も使っていない。基本は堆肥と油粕だけだ。そのためかどうかは、わからないが、毎年、多くの昆虫や鳥がやってくる。不勉強で、種類はよくわからないのだが、昆虫や鳥にとって好ましい餌がたくさんあるのだろう。

もちろん、様々なハチもやってくる。一般には、やっかいなハチも含まれている。未だ刺されたことはないが、蜜を吸うのを邪魔したりはしない。彼らも、それがわかっているのか、流風が横を通る時は、さっと避ける。

その中で、ミツバチは、秋に、ある多年草の花が咲いた時しか、やってこないが、その他のハチたちと、蜜吸い競争をしている。ミツバチはどちらかというと大きいので、他のハチを威嚇することもある。

それでも、どのハチたちも喜んでいるのはよくわかる。あらゆる生物は、食べ物には敏感なのだ。ところが、安易に農薬や除草剤をつかうことが、ハチたちが生きる環境を悪化させている。

農薬や除草剤を使うのは、地方の農家の高齢化により、草取りが難しくなったからだろう。そして、楽な農薬や除草剤を使うことになる。結局、回り回って、農作物の生産を阻害している。農作物を作るのに、楽をしてはいけないということだろう。

農業者への支援をするのはいいが、環境にいい農業をする人々に積極的に支援すべきだろう。無条件に支援することは、かえって、農業を荒廃させかねない。

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2010年4月22日 (木)

ウインクする娘

先日、久しぶりにドーナツ屋に行った。以前は、時々行っていたのだが、色々あり、しばらく、ご無沙汰だった。子どもの頃、母も、おやつにドーナツをよく作ってくれたが、少し硬いものだった。砂糖をまぶして食べるのだが、後年、店で食べたドーナツは、あまりに美味しいので、えらい違いやなと思ったものである(笑)。

さて、今回行った店はチェーン店だが、家の近くではなく、行き先の店だったので、少し雰囲気が違った。客層が少し違うのだろう。それに店員の受け答えも、男の店員のためか、若干違う感じ。まあ、それ以上には触れないことにしよう。

空いた席に座って、少し横を見やると、隣には、ややヤンキー風のお母さんと2歳ぐらいの可愛いお嬢ちゃんが座っていた。そのお母さんは、携帯に夢中だ。そして、そのお嬢ちゃんが、手持無沙汰なのか、流風を熱心に見つめてくる(笑)。

そこで、目でサインを送ると、今度は、盛んに笑顔でウインクをする。おお、君は、先恐ろしい(笑)。誰に教わったのだろうか。そのようにして、今後も、男を惑わすのだろうな。確かに、赤ちゃんとかは、誰にでも、微笑んでくる。これは「私は敵ではないですよ」というアピールをしているとのことだが、もう一段進むと、このお嬢さんのようになる。

世渡りを覚えるのは、ある意味、本能かもしれない。でも、小さい子供さんに、ウインクされたのは、今回が初めて。その日は、なんとなく、少し楽しい気分だった。ウインクされて、憎らしい気はしない。また、出逢わないかな(笑)。

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2010年4月21日 (水)

高齢者の孤独死を考える

死んだら終わりは、父の口癖だったが、父にとって、あの世はどうでもいい存在だったのかもしれない。仮にあの世があっても、誰も知らないわけだし、所詮、あの世はあの世、というのが父の考えだったと思う。

最近、孤独死が多いことが指摘されている。誰にも知られず死を迎えていることを捉えて、無縁社会なる言葉も生まれている。でも、この言葉は少し変だ。人は、多かれ少なかれ、人の間に存在している社会的存在だ。完全無縁では、生きていかれない。

無縁というより他人に無関心な社会なのだろう。つまり人間関係が希薄な社会が、孤独死を生む。その責任は、本人にもあるだろうが、周囲の人間の無関心がそれを生んでいることは間違いない。人との関わりを嫌がっているとも言える。

確かに、それは一面的には冷たいけれども、楽なことは確かだ。都市生活が長い人間が地方に行くと、その濃密な関係に驚くが、人間関係が希薄な社会からすると、正反対の極になる。

そのどちらを選択するかは、本人次第だが、ある程度の人間関係のわずらわしさは、高齢になっても、持ち続け、社会と関わりを持ち続けることが大切なのだろう。

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2010年4月20日 (火)

春の夜の漢詩

今年の春は、少し変だ。確かに桜の頃は、毎年、花冷えで、寒いのは確かだが、今年は気温も低く、雨の日も多い。二、三日暖かい日が続いても、すぐ寒くなる。それでも、気温は少しずつ切り上がっているのだが、春の感じはしない。

春というと、読書していても、うとうとしてくるのだが、未だ、そういうことがない。本格的な、ぽかぽか陽気には、いつなるのだろう。そういうことを願って、有名な漢詩を挙げておこう。人口に膾炙された蘇軾の『春夜』は、多くの人に愛された。この『春夜』は、学生時代に学んだと思うが、調子もいいので、お気に入りの一つだ。

  春宵の一刻値千金

  花に清香有り月に陰有り

  歌管楼台声細細

  鞦韆院落夜沈沈

一応表面的な解釈は次のようであろう。「あっという間に過ぎ去る春の宵の楽しい一時は、千金の価値がある。花には、清い香りが漂い、月には清々しい陰がある。楼台の歌管の声も、ほとんど聞こえなくなり、中庭にあったブランコも寂しくあるだけで、夜は深々と更けていく」。

もちろん、これは裏の解釈もあるだろう。例えば、

「かつての宮廷の栄華もなんのその、華やかな時代は、とっくに過ぎ去ってしまった。宮中には美女があふれ、花のような芳しい匂いが充満する一方、月は、それと対照的に何も変わらず、春の夜も静かに照っていたものだ。

しかし、今では、音楽や歌声が聞かれることもなく、美女たちが、かつて戯れたブランコだけが、寂しく月に照らし出されている。自然は、そういうことに関係なく、自然の摂理通り、また、いつものように夜が更けていく。」と、いったような流風流の解釈が成り立つ。

蘇軾の本音としては、「私も、世間の煩わしさに左右されず、静かに過ごしたい」という気持ちがあるのではなかろうか。自然の摂理の中で、春の夜を感じているようだ。詩人は、そのように春の夜が短いという感傷的なことも、別の思索になる。

流風は、そういう心境には、程遠く、ただただ手入れした庭を見ながら、ひなたぼっこしながら、うつらうつらする春の日差しが欲しいだけ(笑)。ただ、どうも春を超えて、いきなり夏が来るのではと、少し心配している。

*追記

念のために記すと、ちょうど今頃は、穀雨である。雨が多いのは仕方ないのかもしれないが、今年の天気は、少しおかしいのも事実。為政者が不安定だと、天候も左右される。これは案外、当たっている。

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2010年4月19日 (月)

いろんな生き様

世の中には、いろんなタイプの人がいる。人は、段々大きくなって、それを知る。最初は、保育園か、幼稚園。流風も、最初はいろんなタイプに驚いたものだ。それは記憶に明確に残っている。自分にいい奴もいれば、嫌な奴もいる。その後も、同じことだ。メンバーがかわるだけだ。

そのように、世の中は、いろんなタイプで成り立っている。まるで、良くも悪くも補完関係のように。それは絶妙だ。これは天の配剤なのか。このいろいろなタイプの人間像が、『列子』にも記されている。一応、整理して、挙げておこう。

一、自分が一番利口者だと思っている者

    ①馬鹿みたいに、だんまりを決め込むタイプ

    ②せわしなく動く、ちょこまかなタイプ

    ③のんびりタイプ

    ④せっかちなタイプ

二、自分が一番世渡り上手と思っている者

    ①口達者なタイプ

    ②馬鹿正直なタイプ

    ③頑固一徹なタイプ

    ④おべっかタイプ

三、一番才人だと思っている者

    ①ずる賢いタイプ

    ②あけっぴろげなタイプ

    ③どもり気味のタイプ

    ④やかましやのタイプ

四、自分のやっていることが道にはずれたことはないと思っている者

    ①人を小馬鹿にするタイプ

    ②愚図なタイプ

    ③思い切りのいいタイプ

    ④引っ込み思案のタイプ

五、自分がいつも時勢にあっていると思う者

    ①誰とでもウマを合わせるタイプ

    ②自分勝手なタイプ

    ③威張り屋のタイプ

    ④孤独好きのタイプ

以上だが、誰もが、どれかに相当するかもしれない。共通することは、多くの人々は、世の中に出て、皆と一緒に暮らしつつ、自分の思い通りに行動して、相手には、左右されないと思っている。人は、皆、独立体ゆえ、自分中心主義。そう言われると、皆、そのように考え、動いているのだろう。

そしても彼は言う。「人は、皆、運命の自然で、そうなっている」と。なかなかの洞察力と思う。自分の生き方で、悩む人々もいるが、そのように考えると楽かもしれない。ただ、人は、皆、他者に生かされていると考えることは大切だ。そのバランスの中で、いろんな選択をすることになるのだろう。

    

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2010年4月18日 (日)

マニュフェストと政権公約

どうもマニュフェストと政権公約について、政治家もマスコミも国民の理解に混乱があるように感じられる。民主党政権は、マニュフェスト、イコール政権公約と考え、堅苦しい政権運営となっている。しかしながら、これは現実的ではないだろう。

マニュフェストは、基本的に選挙における努力目標だ。それに対して、政権公約は、達成目標だ。方向性に変わりはないが、目標の高さは異なる。政権目標は、現実的でなければならない。それは夢であってはならないし、十分達成可能なものであるべきだろう。

果たして、鳩山政権は、政権公約を発表しているのだろうか。政権を取ってすぐに発表するのは無理としても、そういう日程も発表していないと思うのだが。その点が政権運営の拙さであろう。それが世論から批判を受ける原因だろう。

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2010年4月17日 (土)

色紙と色紙飾り

がらんとした殺風景な部屋に、少し雰囲気を作ろうと、色紙飾りを掛けている。その色紙飾りの色紙を先日入れ替えた。少し前までは、梅に鶯の色紙を飾っていたが、流石に時期外れ。まあ、外では、鶯は、未だ元気に啼いている。

ここは田舎だ。以前に住んでいた神戸では、なかなか聞くことはなかった。初め、聞いた時は、風雅なものよ、と思ったものだが、あまり耳に届くと、風情もあったものではない(笑)。贅沢かな。

さて、そういうことで、色紙の選定をしてみたが、いいものがない。時期的には、そろそろ牡丹がいいと思うのだが、これというものがない。流風は絵心はないが、好き嫌いはある。美術館に行っても、直感で気に行ったものはじっくり見るが、そうでないものは素通りだ。

牡丹に唐獅子と言われるが、王様のように堂々としていなければならないのに、店にあった絵は、どれも弱い感じ。残念ながら、今回はパスし、全く違う絵柄の水墨画にした。この入れ替えた色紙は、なぜか店で惹かれ購入した。

家に帰って、この図柄は、以前、父が掛け軸で持っていたものと同じものではないかと思いだした。押入れを開けると、ぼろぼろになった掛け軸の中に、それがあった。掛け軸と色紙の違いはあるが、図柄は同じ水墨画。

多分、小さい頃から、長い間、見慣れた図柄だったのだろう。これは失敗か。父があちらの世界で喜んでいるかどうかはわからない。飾ってみると、落ち着くことは落ち着くが、少し寂しい図柄だ。色紙飾り自体、地味なものだから、余計そのように見える。

ちょっと選択を間違ったかな。それとも色紙飾りを新たに購入するか。額縁と絵画のように、色紙も、それにふさわしい色紙飾りがあるのだろう。あ~あ、余分な出費になる。

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2010年4月16日 (金)

割りを食うということ

小さい時、夏休みに近所の子供と一緒にすいかを食べることになった。井戸に冷やしたすいかを食べるのである。切り分けるのは、母より父の方が多かった。ただ、このすいかは丸いので、切り分けると、どうしても大きさが少し違ってくる。ある物は大きく、ある物は小さかった。

そして、切り分けたものは、いつも近所の子供に大きい物が与えられ、流風は、いつも小さかった。流風は、それが不満で、父に何回か抗議をしたことがある。すいかは、ウチのものなのに、なぜ小さい物しか与えられないのかと。

でも、父はきちんと説明してくれた記憶はない。抗議しても、いつもそのようだった。大人になり、社会に入るとやっとそれが少しわかった。分け前は、誰でも大きい方がいい。でも、評価というものは、ある意味、主観だから、どうしても、分け前の大きさは異なる。

分け前を多くもらった人間は、得意になるが、他の者は、それを羨む。そして、案外、人間関係が危なくなったりする。だから、言えることは、分け前に、そんなに大きな差がなければ、文句はあまり言わない方がいいかもしれない。

もちろん、明らかな評価差があれば、誰もが仕方なく納得するだろう。そうでない場合は、あまり細かいことに捉われない方がいい。基本は、あまり他者に羨まれないことに尽きる。そうした方が、無事に過ごせるのだろう。父の教えは、そういうことだったのかもしれない。

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2010年4月14日 (水)

鹿、鹿、鹿

鹿を殺して肉を売れば、商売になるだろうという浅はかな考えで、奈良公園の鹿をボウガンで射殺した男が逮捕されていたか、愚かなことをしたものだ。江戸時代なら、春日大社の鹿は神獣だから手厚い保護を受けていて、殺せば死罪だった。

落語にも、『鹿政談』という、誤って鹿を殺してしまったことを扱ったものがある。老夫婦の営む豆腐屋の店主六兵衛が、朝から、きらず(卯の花)をむしゃむしゃ食べるのを犬と思い、追い払おうと、薪を投げつけると、それにあたってしまって、不幸にも死んでしまった。

そして、犬と思ったのが、実は鹿で、当たり所が悪かったのだろう。それでてんやわんやとなるが、結局、鹿の守役と興福寺の担当に訴えられる。だが当時、名奉行と言われた奉行の取り計らいで救われる古典落語の名作だ。

自分の立場上、法律通りに取り締まろうとする鹿の守役に対して、奉行は、鹿の守役の不正(鹿に下された禄の横領。当時幕府から鹿に対して、禄として、1万3千石支給されていたのに鹿に餌を与えず人間が横領)を明らかにすると脅し、六兵衛を助けるという大人の話でもある。

ただ六兵衛を助けたのは、この豆腐屋が誠実で正直だったこともある。周囲の評判も良く、支援者もあったのだろう。日頃の行いが大切なのだ。誰でも、奉行が助けたかどうかはわからない。

ところで、鹿は、繁殖力も強いので、いろいろ問題を起こしている地域もある。いわゆる田畑を荒らす害獣なのだ。そこでは、適宜、猟で打ち取り処分されている。それを地域活性のために使っているところもある。鹿肉は、牛肉と比して、脂肪分が少なくヘルシーなため、食材として歓迎されるのだ。これは一石二鳥の例だ。

水害の被害が大きかった兵庫県佐用町では、以前から、鹿肉を利用して、「さようバーガー」とか「しかミンチコロッケ」を販売し、結構人気商品になっている。ハンバーガ類一個300円程度。ミンチコロッケは一個150円。その他にも、町民は、焼き肉、カレー、たたきなどに利用しているらしい。

鹿も、棲むところによって、その価値は変わる。これが人間の都合というものかもしれない。だが、法治社会では、決められたルールを守るしかない。例の犯人は、軽率な行いだったと言える。落語のように、名裁きで助けられるのだろうか。残念ながら、近所の評判はあまりよろしくない。落語の話のネタにもならないようだ。

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2010年4月13日 (火)

牡丹の花~漢詩『白牡丹』

昨日の強い雨風で、流石の水仙も無残な状態になっている。それに代わって、フリージアの黄色い花は、力強く咲いている。どの花にもピーク時と言うことはあるようだ。その他にも、木瓜の花も、雨に負けることなく咲いている。

それにシャクナゲやカリンも咲き始めた。アオキやハナミズキも、地味に咲いている。鬼も十八、番茶も出花と言えば、アオキやハナミズキには、可哀そうかな。

さて、昨年秋に、株分けした牡丹が、蕾を大きくしている。昨年は、放置した牡丹が、背が高くなりすぎて、あまり大きな花は咲かなかった。そこで、「座れば牡丹」の名の通り、長く伸びた枝をカットし、株分けをして、植え替えた。

昨年は三株だったものが、今年は倍増し六株だ。その内、一株は生育がよくないが、後の五株は、昨年より、蕾を大きくしている。期待できそうだ。

ところで、牡丹の花は、中国で愛され、かつて国花だった時期もあるそうだ。そういうと、中国絵画にもよく描かれ、中華料理店に行くと、牡丹の花の絵がよくかかっている。なかなか重厚な花だ。

今回は、その牡丹を題材にした漢詩を取り上げてみよう。それは韋荘によるもので、『白牡丹』。韋荘は、晩唐の詩人。

  閨中妬むことなかれ 啼粧の婦

  陌上須(すべから)く慚(は)ずべし 傅粉の郎

  昨夜月明渾(すべ)て水に似たり

  門に入りて唯だ覚ゆ 一庭の香

啼粧とは、白い粉を目の下に薄く塗って、涙のあとのように見せる化粧法らしい。傅粉の郎は、魏の国の美男子だった何晏(かあん)は、色白だったため、化粧しているのではないかと疑われた故事から、化粧した男を指すらしい。最近は、化粧する男がいるらしい。ちょっと気持ちが悪い。

さて、解釈としては、次のようだろうか。「(いい匂いで美しい牡丹に対して)閨にいる婦人たちも妬んではいけませんよ。路上にいる美男子も、しょげかえるだろう。昨夜は、月明かりに照らし出されて、庭は一面、水が浸っているように見えたが、門に入ると、いい匂いがするので、牡丹が咲いていると分った」というような意味だろう。

まあ、今までに、漢詩を解釈してきたが、本当は、いろんな意味が隠されているらしい。表の意味と裏の意味。いろんな解釈遊びは面白い。ここに紹介しているのは、表面的な解釈だけだけれど。

家の牡丹は、多分、今月末から五月にかけて咲くのだろう。絵にするのなら、それに遅れないように。花の命は短い。

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2010年4月12日 (月)

ビジネスを動かすには その十(宿泊産業)

ビジネスを活性化するのは、民間の知恵。決して政府ではない。国や行政への依存体質の高い企業は、早くその意識を脱しよう。どうも元気のない企業は内向き志向だ。そこから脱する意識が大切だ。

今回は宿泊産業の行方について、流風が気付いた点について、少し触れてみよう。語りつくされているので、特に目新しいことは記せないかもしれない。関係者はご容赦を。

一、宿泊産業は、旅行業の一環として捉えられる。

よって旅行業者の出来不出来に経営は、左右される。もちろん、現在は、ネットでの予約ということで、宿泊産業の知恵も大切だ。また、宿泊産業が旅行業の一部と捉えずに、一つの独立したエンタテイメントとして、捉えるやり方もある。

二、顧客の多様化への対応

顧客は、国内顧客、海外顧客共に、多様化しており、すべての顧客に対応するのは、事実上不可能と言ってよい。よって、宿泊業も多様化が求められており、顧客の種類によって、自社の立ち位置を決めるべきだろう。

また過去に多大の設備投資して作られた宿泊産業はリストラしないと生き抜くことは難しく、廃業へと追い込まれている。その施設を買い取って、違う戦略により、新しい顧客を、新しい宿泊施設に模様替えして、リノベーションする動きも一部に見られる。

よって、どの顧客を狙うのか明確にしないと、生き残ることは困難と言えよう。顧客も生きている。施設も生きた存在にすることが求められる。過大な投資はペイしないかもしれない。小さい投資で、順次やり替え可能な施設が望ましい。

三、国内顧客のより分け

国内顧客は、富裕層と、中間層になる。低所得層には、あまり期待できない。生活に余裕がないと、旅行は日帰り等の簡易なレジャーになる。

顧客の年齢層は、その行動嗜好からして、大きく分けて現役世代と、引退世代に分かれる。

更に、これらを加味して、長期宿泊と短期宿泊に分かれる。これは、個人の嗜好の問題もある。単なる旅行雑誌等によって得た情報の確認作業なのか、あちらこちらには行かず、一か所を深掘りする強い嗜好の基づくものかによって、旅行スタンスは大きく異なる。

これらの顧客に対応しうる宿泊施設と価格体系が望まれる。価格体系はサービスをどの水準にするかということが決め手になる。

四、海外顧客のより分け

基本的に、アジアの顧客と西欧の顧客は、その行動が大きく違う。アジアの顧客は、家志向が強く、お土産に金を使う。また富裕層には、食事も豪華なものが望まれがちだ。食事に、あまりけちけちした行動はしない。

また観光は、自分が経験したことのないものが望まれる。結構、海を見たことがない人や雪を見たことがない人の感動が大きく、彼らを満足させる仕組みが必要で、宿泊施設も、そういった配慮が求められる。

それに比べて、西欧の旅行者は、基本的に、空間・時間消費で、お土産とか食事に、それほどお金をかけない傾向がある。彼らは、異空間の経験重視なのだ。よって予算的に制約が多く、彼らの懐具合に配慮したやり方が求められる。

また一時的な宿泊に留まることなく、継続的な交流の方法もマスターしておく必要がある。

五、泊食分離と、それに対する対策

旅館の豪華な夕食は、敬遠され、国内旅行向けには、泊食分離が歓迎される傾向にある。よって、館内の食事施設に加えて、周辺の食事施設との連携が大切になってくる。

また食事も、国内どこでも食べられるような内容になっていることが多く、旅行でわざわざ食べる料理ではないことが多い。やはり地元独特の料理の推奨が望まれる。

六、宿泊産業の規模はどれくらいが適性か

顧客の多様化に伴い、狙った顧客に相応しい施設規模、サービス体制が求められる。ただ、休日分散化が議論されているが、基本的には、機会損失が出る程度の規模がよい。機会損失を無くそうとすると、過大な投資となり、回収が難しくなる傾向が強い。やや不足気味の施設に集まる傾向がある。それを踏まえた規模にする必要がある。競争者が気になるところだが、あまり、そういう心配はせず、独自路線で頑張った方がいい。

七、宿泊産業と地域

かつて、宿泊産業の一部は、施設だけで、独立した産業体であったが、現在は、需要の多様化に対して、一社で対応することは難しく、同業者・異業者との連携は欠かせない。自社だけ生き残ろうとしても、それは無理だ。また地域を活性化させることは、自社の繁栄につながることでもある。

八、地域間競争と連携

宿泊産業は、ある意味、地域間競争でもある。地域の魅力アップには、地域で皆が知恵を出し合う必要がある。旅行者に魅力あることは何なのか。地域のオリジナル性は何なのか。顧客は地域に何を期待しているのか。地域に欠ける人材はどういうタイプなのか。いろいろ検討して、いろいろやってみることが大切だ。

その上で、いずれ他の地域との連携も必要になってくる。

九、顧客に選ばれるために

顧客に選ばれるのは、基本的におもてなしということだろう。旅行者がやってきて、不親切では、リピートは期待できない。人と人。この接点をどれくらい作れるか。地域に魅力ある人はいるか。住みやすい地域か。そういうことも影響する。基本的に、オープンマインドで接することができるかということ。

十、コスト管理は空間管理と時間管理

宿泊業のようなサービス産業は、基本的に、空間と時間の管理が大切だ。これを無駄なく、活用する意識が必要だ。特に経営者の意識と行動が求められる。よって常に自己を高める努力が求められる。従業員教育も大切だが、トップのポリシーと、その行動がすべてお手本となる。

ただ、効率性だけに傾かないようにしなければならない。効率性と効果性のバランスをとるのも経営者の役目である。

*追記

流風は、休日の分散化政策を強く支持します。旅行業や宿泊業をもっと発展させるには重要な施策だから。ただ受け入れ態勢も、それに伴い、改革する必要がある。

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2010年4月11日 (日)

水仙に雨~落語『竹の小仙』

本日は、昨日と打って変わって、朝から雨だ。早朝から、ザーザー降って、今日は外出を控えようか。冷蔵庫を見ると、野菜が少し増えすぎている。ちょっと料理をして、減らさなければ。いつものようにポトフを作る。後は、里芋と大根の煮たもの。夕食は、豆ご飯にしようか。

いつもは野菜の皮とかは、健康スープをつくるのだが、少し多すぎるので、堆肥に回す。少し雨が小雨になっている。そして、目に入る水仙の花。本当に、雨に打たれても、しっかり咲いている。あんたは、打たれづよいね(笑)。

水仙が雨の中で、しっかり咲くのは、やはり、その名前の通り、水が好物なんかもしれない。その点、クロッカスは、雨の日は、確実に花弁を閉じるのとは、対照的だ。

さて、今まで、水仙に関する記事は、いくつか記したが、今日もう一つ。左甚五郎の話。彼は本当に天才肌だったらしく、気分が乗らないと、仕事はしない。気分が乗らないと、ノミを手にしない。請けた仕事は、するにはするが、いつ完成するかは、彼の気分次第。今でも、天才肌の芸術家は、そのようです。

その彼の話で、落語『竹の小仙』というものがある。事実かどうかはわからない。彼に関しては、いろんな尾ひれがついて、流布している。それほど、注目され、庶民に人気があったということだろう。

話は、一文無しで、藤沢の、ある寄屋に宿泊し、毎日、朝昼晩に酒一升飲んだ末に、宿代を催促されるが払うあてがない。仕事が彫刻と聞いて、何かできる物はないかということで、竹を細工した水仙を作る。

それを竹筒に入れて、大黒柱に掛けて、昼夜水を取り替えろという。店主は、こんなものと思ったが、今さら仕方ないと思い、その通りにすると、やがて水仙の花が咲いた。これにはびっくり。

甚五郎は、店主に、「町人なら五十両、大名なら百両で売れ」と言う。それに、「ビタ一文負けてはならない」と付け加える。それで、その通りにすると、長州の殿様、毛利大膳太夫に、お買い上げ。もちろん、この水仙には、何らかの仕掛けがしてあったことは間違いないだろう。水を加えるのがポイントで、あながち、出鱈目な話でもなさそうだ。

流風家には、甚五郎の作品は、もちろんないが、自然の水仙が、目を楽しませてくれる。やはり自然の水仙が一番。これ、お金のない者の負け惜しみじゃありませんよ(笑)。

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2010年4月10日 (土)

奇想天外なこと~落語『あたま山』

人間の見る夢は、奇想天外なものも多いという。流風は、あまり夢を見ないのだが、それでも、時々変な夢を見ることもある。良い夢も見るし、悪い夢も見るが、それが正夢になったことはない。

さて、落語『あたま山』というものがある。あまり演じられないのは、奇想天外が過ぎて、受けが難しいからかもしれない。演じ方で、面白くなるとは思うのだが。

一応、あらすじを流風流に脚色して、紹介しておこう。時は、今と同じ花見の季節。あるところに、しわいで名の通った、吝ん坊(しわんぼう)がいた。原作では、「けちんぼう」とふりがながついている。ただ、流風の理解では、「吝ん坊=けちんぼう」とするのは、少し抵抗がある。文字は正しいが、関西では、「しわんぼう」と呼ぶので、そのようにしておく。

吝ん坊は、吝嗇家ということだろう。吝嗇家というのは、ただお金を貯め込むばかりで、何にも使わない人を指す。また「ケチな人」は、始末が出来る人で、普段は、慎ましい生活を送りながら、必要な時にはパッと使うので、「吝ん坊」と意味が全く違う。ただ、第三者からすると、けちん坊も、しわん坊も同じに見えるかもしれない。

さて、彼は、酒も飲まず、煙草も吸わず、博打もやらず、女遊びもやらず、金のかかることには、一切何にも使わない。「お金を出す」というのは、金輪際嫌という人だった。う~む、聖人みたいな人(笑)。ちょっと違うか。

ある時、花見に出かけたが、お金を使うのがもったいないから、何も飲まず、食わずに歩いていた。そうすると、道にサクランボが落ちていた(でも、これって変ですね。桜が咲いてから、実がなるものでしょう。もう、ここで話が逆転している)。それを拾って、呑み込んだところ、そのサクランボには、土が付いており、身体の中から、実が育って、彼の頭から、芽が生え始めたという。

奇想天外と言えば、そうだが、子どもの頃、流風も似たような考えを持ったことがある。季節は夏のことだが、スイカの種は食べてはいけませんと、母が言っていたのに、ついつい食べてしまい、母にどうしよう、と言った記憶がある。芽が出て、お腹がスイカになるのではと、夜も眠れなかった(笑)。その時には、真剣に悩んだものだ。

さて、この吝ん坊も、さすがに驚き、これは切り取るべきだと判断し、女房に芽を切ってもらう。ところがである。芯を止めたので、幹はどんどん太くなる。その周囲、七、八尺になる大木なってしまった(そんなもの、どうして身体で支えられるのか)。それに春には花が見事に咲き、花咲きになってしまった。

これが評判となり、花見をするなら、「あたま山」に行こうということで、毎日、大変な花見客。頭の上では、茶店もでき、大変な宴会という大騒ぎ。なぜ、人は評判を聞きつけると、こんなに人が集まるのだろうか。それは今も変わらない。

吝ん坊、さすがに、これにはも参って、頭の上の桜の木を引っこ抜こうということになった。ところが、引っこ抜くと、そこには大きな穴が残り、ある日の夕立ちで、水がいっぱい貯まった。これは頭がひんやりして気持ちがいいので、そのままにしておくと、魚が棲み始めた。

そうすると、どこから評判を聞きつけたのか、釣り師は来るは、網船は出るは、果ては、芸者連れで、どんちゃん大騒ぎ。要するに、サクランボを食べたのが、ケチがついた始まり。落ちていたものは、食べてはなりませんということ。さすがに、吝ん坊も、これには大弱り。それなら、いっそ、死んでしまった方がいいと、自分の頭の池に身を投げたとさ。これまた奇想天外。

人間の見る夢が奇想天外なのは、それを妄想する下地があるのかもしれない。何もなく、奇想天外な夢を見ることはないと推定される。皆さまも、夢占いではないが、夢の分析をすれば、自分の潜在意識を発見することになるかもしれない。

*追記

この吝ん坊、ただ、あるものを守り、金を使わなかっただけのようだ。吝ん坊には、発展性がない。だから、これは決して、商人の発想ではない。商人なら、頭に山ができて、人が集まってきたら、それをビジネスにして、始末して利益を上げる。転んでも、ただでは起きないのが商人の精神。

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2010年4月 8日 (木)

春の花の詩、二題

花冷えは、あるものの、本当に春らしくなってきました。桜に限らず、いろんな花が開花し、あるいは、間もなく咲こうとしています。さて、今回は、春の花を題材にした漢詩を取り上げてみよう。

北宋の詩人に、黄山谷(こうさんこく)がいる。山谷は号で、本名は黄庭堅。今回は、一応、春に相応しい(?)彼の二つの詩を挙げておこう。詩には、いろんな意味が含まれていると思われる。

まず、『行邁』。

  白々紅々相間つて開き

  三々五々青を踏み来たる

  戯れに胡蝶に随って遠きを知らず

  行人を驚き見て笑却して廻(かえ)る

解釈としては、次のようだろうか。

「たくさんの白い花や紅い花が、入り混じって咲いている。その中を(子どものように)三々五々、踏み歩いて、蝶を追いかけていると、いつの間にか、遠いところに来てしまったようだ。周囲を見回すと、道行く人は知らない人ばかり。これを見て、これはいかんということで、急いで笑って帰った」と。

まるで、子ども時代のような無邪気な大人たち。でも、こういう幸せはある。何も考えず、何時の間にやら、楽しく過ごした時間。流風も、春の陽気に誘われて、先日は、一万歩をはるかにオーバー。歩き回れる幸せ。

でも、この詩は、何を語っているのだろう。ある意味、人生観かな。自分の関心ごとに惹かれ、うろうろしている間に、いつの間にか違うところに行ってしまった様な気がする。でも、やはり、その是非はともかく、自分に相応しいところに戻ろうと、言いたかったのかも。

もう一つが、『水仙花』。

  淤泥は解く白蓮藕(ぐう。蓮の意)を作(な)し

  糞壌は能く黄玉花を開く

  惜しむ可し 国香 天は管せず

  縁は随ひて流落す 小民の家

こちらの方も、意味深。一応、解釈を以下に示す。

「蓮の花は、汚泥から生じるように、黄玉花すなわち水仙の花は、糞などの堆肥から生まれ、多くの人々から愛される。(だが、美女の世界は少し違う)水仙のように庶民の中で生まれた美女は、天子様の目に留まらねば、縁に随って、貧乏人のところに嫁ぐことになる。惜しいことよ」と。

これは何を語っているのか。美女は、天子様に寵愛されて初めて価値を持つ。玉の輿が必ずしも幸せになるとは限らないけれども。ところが、庶民に嫁いでしまうと、美人であったことが、却って禍する。生活に疲れ、美女も結局、台無しで、見る影もなくなる。水仙の花のような美しさは続かない。周囲がちやほやしても、それに溺れないことだ。それ以外のことを身につけた方がいい。

*追記

ちなみに流風家の水仙は、三種類ぐらい植わっているけれど、別に糞壌というほどでもない。ただ、あまり世話はしていないけれど、毎年、きっちり花をつける。それに植えると分かるのだが、結構強い。やはり庶民の花なのかな。だから、庶民から生まれた美女は、強かに生きていくとも思う(笑)。

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2010年4月 7日 (水)

尊徳の「富者と貧者」

よく父が、「どんな社会でも、格差は起こる。だから、それを前提に暮さなければ、取り残される」と言っていた。つまり、同じ給料をもらっても、ある人はアリの如く一定の貯蓄に励み、また別の人は、キリギリスの如くすべてを費やすことが続けば、年月を経るごとに、その貯蓄格差は広がる。元は同じでも、その心構え一つで、将来の資産格差は生じる。

このことは、二宮尊徳も指摘しており、彼は次のように言っている。

「貧者は昨日のために今日勤め、昨年のために今年励む。故に苦しんで、その功なし」と。逆に、「富者は明日のために今日勤め、来年のために今年勤め、よく安楽自在を得る」と。これが格差を生む。

格差を環境のためだという人もいるが、やはり、それだけではなかろう。チャンスを与えられる環境を自ら作る必要がある。それに、お金はかからない。やはり心構えが大事なのだ。明日のことを常に考えて行動しているか。昨日や今日のためにのみのため、働いていないか。

尊徳は、次のように結論付ける。

「忍耐、勤倹、分度、推譲の道を貫くのほかなし。富むというも、貧しきというも、この出発の隔たりたるによるのみ。明日に得て今日を、今日に得て今日を、やがて今日に得て明日を迎うるを得ば、富者なり」と。

要するに、分相応の生活をせよ、と言うことだろう。無理な生活をしなければ、それで大抵はやっていける。ただし、今しか見ていない生活は、いけないということ。もちろん、そのようにしても、すべての人が富者になるわけでもないが、それなりに老後も暮らしていけるのではないか。

*分度

二宮尊徳の創始した報徳仕法。自己の社会的・経済的実力を知り、それに応じて生活の限度を定めること(広辞苑)。

*推譲

人を推薦して、自らは譲ること(広辞苑)。

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2010年4月 6日 (火)

これからは円安か

欧米の経済は、まだまだ、これからも大変だが、日本の財政の内情も苦しい。本来なら、円高が進む状況なのに、停滞している。現在、三すくみの状態にある。これは日本にとって、よいことなのか、悪いことなのか。妙なバランスである。

流風は、長年、円高を主張してきた。だが、状況としては、国の政策にもよるが、しばらく、なだらかな円安に振れていくような気がする。国の財政状況、経済の流れ等を加味して、市場もそのように動いているようだ。

もちろん、一方的に円安に振れるのではなく、円高、円安を繰り返しながら、最終的には、円安の流れになるかもしれない。丁度、現在が分水嶺なのだろう。ただ、どの程度の円安水準になるかは、全くわからない。ただ、これが、国民の生活にとって、どのような影響を与えるのだろうか。

*追記

基本的には、円安が進めば、日銀の政策金利の引き上げがしやすい。ただ、引き上げで、為替の方向が、どのようになるのかは、予測しがたい。それは、その時点における世界の経済情勢による。

*平成22年5月追記

ギリシャ危機により、当面、円安の線はなくなった。これはユーロ全体が不安定化するということで、ユーロ安が円高を招くのだろう。米国経済は、少し回復傾向にあるが、ユーロよりましなだけ。このような不安定要因をベースとしながら、為替は、それぞれの思惑で変動していくのだろう。

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2010年4月 5日 (月)

刹那情報社会の読み方

現在は、報道も刹那的だが、これが時代というものなのだろうか。ブログに代わって、twitterも、大いに流行っているようだが、これは更に超刹那的世界だ。一応、本人の気持ちを、その瞬間、瞬間を記していることになっている。

これは本人の本音が記されて、結構、歓迎されているようだが、その考え方は正しいとは限らない。その中には、以前から潜在意識にあるものの表出とも考えられるが、そればかりではないことも含まれる。必ずしも、個人の気持ちの純粋性は期待できない。

そして、その内容は、結構、作為が含まれるものもあり、もちろん、必ずしも純粋とは言えない。嘘ではないかもしれないが、おかしい意見も含まれるものもある。本当の個人の気持ちの表現であるとは言い切れないものもある。

それは広告に利用されることが増えたこともある。ブログで商品の感想を述べるのも、純粋な感想の場合もあるが、意図的なこともあるだろう。当初、純粋な意図で始まったかもしれないが、段々汚れていくイメージだ。刹那情報のtwitterも、広告に利用されるようになり堕落した。

しかしながら、言論の自由を盾に、どんな情報も、作為的に流しても、それは真偽は別にして情報として伝えられる。すなわち、情報全般が、極めて危険な要素を含んでいるツールと言えよう。

世論操作、超簡単(笑)。その中で、刹那情報も、意識の中に、ある情報を流しこめばいいわけだから、これは洗脳にも使える。多くの人々は、自分は、そんなことはないと思うだろうが、それがすでに危うい。

情報は、何でもかんでも、取り込めばいいというものではない。若い人たちは、特に良質の情報をインプットしなければ、脳が汚染されてしまう。そういう意味では、マスコミの報道も、いろんな番組も、刹那的な情報システムも、極めて危険な道具である。

自動車の運転は、よく凶器になりうると言われるが、各種情報も、受け取り方で凶器になりうる。そういう意味では、依然、情報の取捨選択が、それは媒体も含めて、より重要と言える。だから、その真実を読む技術が、読み手には求められる。

だが、多くの人々は、情報に対する危機意識が足りないかもしれない。それはあまり望ましいことではない。結局、自分の頭で考える時間をもっと大切にしなければならないということに尽きるようだ。

ということで、情報の受け手の主体性の確立が求められる。そして情報を捌く技術の習得と接し方を学習する必要があるのだろう。更に、付け加えれば、適宜、「情断」も必要と言うことだろう。

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2010年4月 4日 (日)

世代交代の必要な政界

ベテラン政治家が、すべて悪いと言わないが、彼らの成功体験は邪魔になる。民主党政権を駄目にしているのは、ベテラン議員の影響力であろう。過去の経験を重視する議員に、連立がらみの大臣が、それに乗っかり、おかしな政策になっている。

与党の小沢氏は、二大政党を作り上げた功績は求められるが、その後の運営は、若い世代に任せるべきだろう。彼から見ると、頼りなく映るかもしれないが、時代の雰囲気を汲み取っているのは、若い世代だ。アドバイスを求められれば、手助けするだけでいい。歴史観については、ベテランの意見も必要だが、一歩下がって全体を見る時期に来ている。

他方、野党の自民党も、すでに賞味期限が切れており、再生はあり得ない。泥船に乗っていても仕方ないのに、未だ再生できると考える人々がいるのには驚く。この党の長老たちも、過去の成功経験が忘れられないのだろう。すでに、自浄作用は働かなくなっている。

ところが、若い議員も、それに反旗を翻して、脱藩しようともしない。自民党の体質に慣らされてしまったのだろうか。その代わりと言っては、なんだが、与謝野・平沼両氏が新党を作るようだ。だが、これは「爺隠居党」か、「爺爺同盟」とも呼ぶべきもので、老人クラブの趣が強い。

新党と呼ぶには、ほど遠く、国民新党のような感じで、旧守派の集まりだ。よって、その実態は、所詮、自民党別働隊に過ぎない。ということは、選挙期間のみの生き残りの対策だろう。彼らが仮に政権に関与しても、自民党時代の古いセンスで、政治を行うだけだろう。

そのことは、すでに民主党と連立を組んでいる国民新党で実証済みだ。彼らは、時代と逆行する政策を民主党を取りこんで実行している。これは国民にとって、大いなる迷惑。国民は、今回の動きも茶番になるだろうと気付いている。

そうなると、やはり、比較的有能と思われる自民党の若い人たちが、新たな候補者と共に、早く新党を結成すべきだろう。お金のことは、心配だろうが、お金のかからない仕組みを作ればいい。手弁当で、選挙に出れる例を示せばいい。

今までの選挙の常識を破ればいい。そして個人献金の先導的仕組みに着手すべきだろう。そうすれば、なんとかなる。派手な活動はしなくても、今はネットでのアピールも効く。問題は、いかに新党の切り口を明確にするかだ。

基本思想、基本方針、政策が曖昧なら、新党は意味がない。そして、すべての人に受け入れられる政策は、新党の場合は、有権者への訴求力に欠ける。となれば、最初は、ある一点突破を考えればいい。そして、将来、政党の規模が大きくなれば、その時点で、総合的な政策に着手すればいい。

そういう意味では、みんなの党のやり方は参考になる。政権政党になるには、難しい政策を掲げているが、同調する人々はいるだろう。よって、政策はシンプルで分かりやすいから、支持されやすい。次の参議院選挙では、与野党に対する政治不信から、浮動票を中心に、一定の評価を受ける可能性が高い。

彼らに続く、若い世代の奮起を促したい。まず、やってみることだ。そのための環境は整っている。政界の新陳代謝は、重要だ。政治は体力。知力共に元気な若い人たちが、重要な政策を担うべきなのだ。

*注記

政治家の「若い」は、50歳以下のこと。普通の感覚と少し違う。逆に、あまり若すぎると、個人差はあるが、難しい。

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2010年4月 3日 (土)

春の陽気と旅行者たち

やっと春らしくなってきた。実は、今年は、このようなことを何度も記した。そして、いつも寒くなる。暖かくなったと思ったら、寒くなり、そして、また暖かくなる。そして、時期外れの天候状態。こんな状態、もう嫌(笑)。やはり寒いと外出は控えがち。そして、目標達成できない歩数不足。

そして、暖かくなったと思ったら、今度は雨の連続。ホントに困ったことだ。しかし、温度も、割と上がったこともあり、近くの桜も、やっと開花。だが、まだ五分咲きだ。ところが、ラッパ水仙は、クロッカスと異なり、雨の中でも満開。雨を受けても、健気に咲いていた。

そして、やっと昨日の午後から晴れ渡ってきた。ということで、早速、出かけると、大変な人出。これは失敗かな。平日というのに、雨後のタケノコみたいだ。どこから人があふれているのだろう。春休みだから、家族連れも多いのだろう。

歩いていると、地図を見ながら、いろんな人が右往左往。迷っている人たちがいたので、教えてあげた。以前は、向こうから尋ねてきたら、教えていたが、最近は、少しお節介(笑)。歳が行ったかな。

観光地で、迷っている人はすぐわかる。いわゆる、おのぼりさんね。「おのぼり」と言われる場所ではないけれど。「おくだりさん」とは言わないな(笑)。テレビでも、漫才師が、道案内するものがあるが、あれはなかなか面白い。

迷っていそうな人に声をかけて、道案内する他愛のない番組だ。若い人たちは、漫才師に声を掛けられて、喜んでいる。外人にも身振り手振りと、片言英語で、明るく話しかけると、テレビと言うこともあり、警戒も解けるのか、割とオープンに話す人が多い。まあ、知らない街で、迷うと、結構時間のロスが大きい。安全に確認できる人がいれば、助かるのも事実。海外では、怖いけれど。

そういうと、この地域も、外国人の観光客も多い感じがする。西洋人、東洋人、五分五分ぐらい。流風は、韓国人や中国人に道を尋ねられることが多い。カップルの場合、大抵が女性から聞いてくる。彼女らは、無理に英語で話さなくても、結構、片言日本語を話すので楽だ。

集団の場合は、道案内すると、代表者らしき人から、時々、出身地と名前を名乗って、握手を求められることもある。丁寧な道案内が感謝されたのだろう。いつも、そうではないのだが。

それにしても、日本への旅行者は増えているような感じがする。これからも増えていくのかもしれない。旅行者を受け入れるのは、何も観光施設や宿泊施設だけではない。そこに住む人も、接し方を考えねばならないのだろう。

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2010年4月 2日 (金)

職人の叱り方

職人の世界は厳しい。かつては、先輩の仕事を盗めと言われ、盗もうとすると、どつかれたりしたものだと、祖父から聞いています。最近は、職人になるにしても、先輩が手取り足取り教えないと、新人もついてこない、厄介な時代です。

人間、やっぱり、どつかれたり、罵声を浴びて、その悔しさから人間は成長するものです。先輩の厳しい言葉の意味を考えながら、素直に受け取れる人材は、指導を誤らなければ、成長するのは、間違いのない事実だ。

それに比べて、やわやわと育てられた人間は、極限に弱い。精神的に弱いから、最終的には、人材になりえない。最近は、褒めて育てるということが、持て囃されているが、それも限度を超えれば、本人のためにならない。

ちょっと困難に直面すると弱音を吐く。これでは、人材の育成は覚束ない。ところが、最近は、社会が何かとうるさすぎる。やれ人権だ、暴力禁止だ、パワハラだ、また相手が女だと、セクハラだとなり、人を育成することはなかなか難しくなっている。

もちろん、それが本当のいじめであってはいけないことは確かだ。叱るということと、いじめは区別はしなければならない。ただ、その辺は第三者には、わかりにくい。そこで、今的な問題になる。基本的に、人材育成に、“愛”があるかということが分かれ目だ。

先輩にとって、後継者を作ることは、更に自分が次の段階に進めること。仕事は、新人に渡したくないが、早く一人前になって欲しいのも事実。先輩にとっても、すべて伝えて、空の状態にすることが、次のステップにつながる。

だから、基本的に新人を一人前することは、最終的には自分のためでもある。ただ、苦労して手にした技術を安易に伝えたくないという気持ちもある。そこで、後輩に厳しくなる。でも、かつての職人の教え方は厳しいけれども、愛情もあった。

すぐ腹が立って手が出るけれども、しゅんとしている新人の状況を見て、「ぼけ、あほ、おたんこなす」と、言いながら、なんとなく、共通の笑いを誘って、救いがあった。この言葉の裏には、「お前、もっとしっかりして頑張れよ」というニュアンスが含まれている。

これは、ちょうど子供を叱りながら、抱き寄せる母親の姿と似ている。指導する人は、叱ることも必要があるが、愛情を以て励ますことも大切だ。これらはセットだということを忘れてはいけないだろう。

*追記

なお、自営業の祖父の場合の叱り方は、本人の前では、けちょんけちょん(ぼろくそ)に言っていたようだ。そして、祖母が、陰で、くしゅんとなった新人を慰め、励ましていたということだ。うまく役割を分担していたということだろう。そういうやり方もあるかもしれない。

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2010年4月 1日 (木)

若い人の資産形成 その四 付記

一応前回で、若い人の資産形成について、書き終えたのだが、株式投資について、付記しておく。それは財産形成の一つとして、従業員持株会への投資は有効であるということだ。サラリーマンで、企業によっては、従業員持株会を運営している会社がある。そこそこの規模になれば、従業員の経営に関心を持ってもらうため、従業員持株会を運営している。

この持株会に投資することは、従業員にとって、仕事をする上で、意識を高める意味もあり、奨励している会社が多い。毎月、定額の投資をして、会社が株購入を代行するため、手間もいらない。配当がされると、それで買い増しできる。

基本的に会社が儲かれば、その投資資産は増えるわけで、仕事への意欲も増す。流風も、毎月、小額の投資をしていたが、退職時には、そこそこの金額になっていた。それらは住宅ローンの返済に消えたが、有難かったことは事実。

株式市場で投資する前に、まず勤めている会社に、そういう仕組みがあるかどうか確認して、投資を勧めたい。ただし、会社が潰れれば、普通の株式投資と同様、資金は回収できない。そういう意味からも、常に自社の動向に関心を持つので、いいことだと思う。まず、株式投資する前に、従業員持株会に注目してほしい。

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