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2010年4月16日 (金)

割りを食うということ

小さい時、夏休みに近所の子供と一緒にすいかを食べることになった。井戸に冷やしたすいかを食べるのである。切り分けるのは、母より父の方が多かった。ただ、このすいかは丸いので、切り分けると、どうしても大きさが少し違ってくる。ある物は大きく、ある物は小さかった。

そして、切り分けたものは、いつも近所の子供に大きい物が与えられ、流風は、いつも小さかった。流風は、それが不満で、父に何回か抗議をしたことがある。すいかは、ウチのものなのに、なぜ小さい物しか与えられないのかと。

でも、父はきちんと説明してくれた記憶はない。抗議しても、いつもそのようだった。大人になり、社会に入るとやっとそれが少しわかった。分け前は、誰でも大きい方がいい。でも、評価というものは、ある意味、主観だから、どうしても、分け前の大きさは異なる。

分け前を多くもらった人間は、得意になるが、他の者は、それを羨む。そして、案外、人間関係が危なくなったりする。だから、言えることは、分け前に、そんなに大きな差がなければ、文句はあまり言わない方がいいかもしれない。

もちろん、明らかな評価差があれば、誰もが仕方なく納得するだろう。そうでない場合は、あまり細かいことに捉われない方がいい。基本は、あまり他者に羨まれないことに尽きる。そうした方が、無事に過ごせるのだろう。父の教えは、そういうことだったのかもしれない。

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