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2010年4月28日 (水)

『彩~鶴澤派から応挙まで~』を鑑賞

先日、兵庫県立歴史博物館で開催されている、『彩~鶴澤派から応挙まで~』展を鑑賞してきた。丸山応挙の師が、明石出身の石田幽汀という人らしいが、彼は、京都を拠点とした鶴澤派の画師だったことから、その流れを見つめた展覧会だ。この博物館は、いつも割りと面白い企画が多いが、今回も十分楽しめた。

鶴澤派というのは、あまり有名ではないと思うが、狩野派から分派した画師集団らしい。以前、京都御所の障壁画展を鑑賞したが、それらの一部にも参加しているようだ。鶴澤探山、探鯨、探索、探泉、探春、探龍、探真と、江戸時代続き、明治に入り、幕府の画師としての役割は一応終える。

鶴澤探山の時代は、狩野派の影響を強く受けているが、その子の探鯨以降は、画風が変わっているらしい。そういうことで、鶴澤派として確立されたのは、探鯨以降となる。そして、代々、その画風は革新されているところに、現代人は、ある意味、示唆を受ける。老舗が続いていくのと通じるものがある。

また鶴澤派からは多く弟子を輩出させており、弟子育成システムも注目されている。それは、画本を門人の教育に使っていることだ。それ以前は、師弟関係で、職人的にマンツーマンで教える方法が主流だった。師弟は一緒に生活し、師のすべてを理解し、そこから師の全人生を吸収し、そこから、やり方を学ぶ方法だ。

ただ、それでは、量的な人材育成には限界がある。しかし、画本であれば、弟子が遠くにいても、教えることができる。そうすることで、多くの人材を育成できる。現代では、教科書が当たり前でも、当時は画期的なことだったかもしれない。この新しい人材育成の方法は注目に値する。他の分野でも、マンツーマンがほとんどだった時代に、画期的な発想だ。

当然、均一化された良質の人材が輩出するから、ある程度の勢力は確保できる。ある意味、大量生産が可能だ。芸術の分野で大量生産は、おかしいと言うかもしれないが、いつの時代も、芸術だけで飯を食うのは難しい。

ある程度一般化された芸術は、量産化して普及させれば、いろんな需要をこなすことができる。よく言われるように、芸術家が食うには、片手にやりたい芸術、片手に一般受けする芸術をバランスよくこなすことなのだ。実際、鶴澤派が、そのようであったかはわからないが、需要をこなすために考えられたシステムであろう。

さて、その日本画は、どれも色彩豊かなものばかりだ。もちろん、中国画の影響は受けている。題材も、そのようなものも多い。特に人物画はそうだろう。自然を描いてるものは、いろいろだ。中国画風のものもあれば、日本的なものもある。華道に通ずる描き方も当然ある。華道は、ある意味、日本画でもあると言われるから、それは当然だ。

もちろん、封建時代の日本画の題材には、制限がある。何もかも描けない。その限られた題材の中で、画師がいかに主張するか。依頼者や一般人には、わからないが、観る者が観れば、あるサインを送っているものもあると推定される。

例えば、題材、人物画の人物の姿勢や目のおき方、目線の先、背景画、色彩バランスに、何か意味があるのだろう。残念ながら、流風には、それ以上に理解する能力がない。日本画については、さらに学ぶ余地は大きい。ただ、今回は、近世の日本画に影響を与えた鶴澤派に画期的な人材システムがあったことを知ったことで諒としよう。

平成22年6月13日まで。

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