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2010年4月17日 (土)

色紙と色紙飾り

がらんとした殺風景な部屋に、少し雰囲気を作ろうと、色紙飾りを掛けている。その色紙飾りの色紙を先日入れ替えた。少し前までは、梅に鶯の色紙を飾っていたが、流石に時期外れ。まあ、外では、鶯は、未だ元気に啼いている。

ここは田舎だ。以前に住んでいた神戸では、なかなか聞くことはなかった。初め、聞いた時は、風雅なものよ、と思ったものだが、あまり耳に届くと、風情もあったものではない(笑)。贅沢かな。

さて、そういうことで、色紙の選定をしてみたが、いいものがない。時期的には、そろそろ牡丹がいいと思うのだが、これというものがない。流風は絵心はないが、好き嫌いはある。美術館に行っても、直感で気に行ったものはじっくり見るが、そうでないものは素通りだ。

牡丹に唐獅子と言われるが、王様のように堂々としていなければならないのに、店にあった絵は、どれも弱い感じ。残念ながら、今回はパスし、全く違う絵柄の水墨画にした。この入れ替えた色紙は、なぜか店で惹かれ購入した。

家に帰って、この図柄は、以前、父が掛け軸で持っていたものと同じものではないかと思いだした。押入れを開けると、ぼろぼろになった掛け軸の中に、それがあった。掛け軸と色紙の違いはあるが、図柄は同じ水墨画。

多分、小さい頃から、長い間、見慣れた図柄だったのだろう。これは失敗か。父があちらの世界で喜んでいるかどうかはわからない。飾ってみると、落ち着くことは落ち着くが、少し寂しい図柄だ。色紙飾り自体、地味なものだから、余計そのように見える。

ちょっと選択を間違ったかな。それとも色紙飾りを新たに購入するか。額縁と絵画のように、色紙も、それにふさわしい色紙飾りがあるのだろう。あ~あ、余分な出費になる。

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