« 歌仙たちの嫉妬(上) | トップページ | 他人の痛みを知るということ »

2010年5月19日 (水)

歌仙たちの嫉妬(下)

貫之に六歌仙に選ばれた理由は不明ながらも、彼らを世俗的に茶化した狂言がある。題名は、『歌仙』となっている。六歌仙は、前にも示したように、僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、僧喜撰、小野小町、大友黒主。性別で見ると、男五名に、女性一名。ここからの発想で、面白おかしく、からかった内容になっている。随分と分かりやすい(笑)。

あらすじは、運がよく、いいことがあった人(果報者)が、太郎冠者と次郎冠者を伴い、玉津島明神に行く。玉津島明神は、以前にも取り上げたが、人麻呂、赤人と共に、和歌の三神の一人とされる。そこに、六歌仙が描かれた絵馬を奉納する。

ところが、どうしたことか、絵馬の六歌仙が動き出し、謡と共に絵馬から飛び出したから大騒ぎ。六歌仙は、和歌の徳を語ったり、けったいな題で、和歌を詠うことになる。これは、多分、果報者が、夢を見たんでしょう。能では、たびたび、夢と現実がごっちゃになる。狂言でも、その手法を使ったのかも。

さて、問題は、これからだ。歌仙たちは、和歌の案を練る内に、いざ一献ということになり、酒盛りが始まるが、小野小町が、僧正遍昭に酌をしたことから、他の男たちの嫉妬を生み、喧嘩になる。酌には、裏の意味もあるからだ。

この狂言、生臭坊主をからかっているのかな。どこの国も、聖職者ほど、異性に対して、いい加減な者はない。そして、一人の女性をめぐって、よくあることですね(笑)。結局、彼を交えて、女性の奪い合い。これは男の性(さが)か。

こういう題材、映画にもありますよね。無人島に、男女が流れ着いたが、一人の女性を除いて、後は、みんな男。それで、その女性を巡って、一悶着。まあ、女性のグレードがどのようであろうと、一人しかいないんだから、比べようもない(笑)。女性の方からすれば、羨ましいてなことに、男を選り取り見取り。

そこで、男たちは、一人の女性を争うことになる。客観的に冷静に見れば、馬鹿げているけれど、案外、このことは、一般世間でも、みんな、よくやっている。あまり笑えないんだ。異性は、この世の中に、たくさんいるのに、どういうことか、身近な一人の異性に捉われてしまう。これ、不思議と言えば、不思議。

僧正遍昭は、皆に叩かれ、這這の体で、逃げ去る。それに小町も追う。ところが、僧正は武装して、やってくるということになる。ここでも、武装する僧を、仏教の教義は一体何なのか、忘れていると、からかっている。そして、残りの四名も待ち構え、いざ一戦という時、夜明けの鳥が鳴き、六歌仙は、元の絵馬に収まっていたという。

これは、果報者たちが、やっと夢から覚めたということを指すのだろう。そういうことは舞台では示されないけれど。奉納すれば、夢を見れますよという風にも捉えられる。そこから、何を示唆されたと受け止めるか。作者も、いろいろあったんだろうな、と笑えてくる(笑)。

さて、話を戻すと、一人の女性を巡って、争いがあるのは、いつの時代もあるようだ。東西の色々な物語にも描かれているし、男女問題は、どこも変わりがないということだろう。ただ、争いに勝ったところで、つかまえた女性に、後で幻滅するのはどうしたことだろう。

ここで、初めて現実に目が覚めるのかな。まあ、過大に期待してはいけないということだろう。これは女性の立場でも、同じかもしれない。男女の期待値と実際は、大きな差異が必ずあると心得ておけば、何も問題はないということかな(笑)。

|

« 歌仙たちの嫉妬(上) | トップページ | 他人の痛みを知るということ »

古典文学・演芸」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 歌仙たちの嫉妬(上) | トップページ | 他人の痛みを知るということ »