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2010年5月 1日 (土)

政治というもの

いつの時代も、政治など必要ない社会からは、ほど遠いのは致し方ないのかもしれない。だが、国民は政治に期待しすぎてはならない、と言ったのは、故大平正芳首相。彼は話し方をからかわれたが、優れた政治家だった。そうはいうものの、国民は、自然と政治に期待しまうのも仕方ないことか。

そして、いつの時代も、政治家に金の問題は起こる。金にまつわる陰謀が渦巻く。マスコミは、一面的にしか報道しないから、国民は皆、騙される。それを利用して、政治を混沌とさせようとする勢力が常にある。

常に政治の場では、形は変えても、権力闘争が起こっている。最近は、市民団体や検察審査会というようなものまで、巻き込んでいる。その中で、政策論争するのだから、まともなやり方では、正しい政策でさえ、法律を通すことが困難になる。

理想を言えば、権力闘争などなくて、政策論争が、きちんと是々非々で論じられるのが、いいのだが、民主主義のさだめとして、そういうわけにはいかないのだろう。現実は、人々のいろんな欲望が渦巻き、策謀により、持論を自陣営に引き込もうとする。

それは選挙結果に反映されるからだ。利益誘導は、いけないと言っても、議員は選挙に落ちれば、只の人。選挙に落ちれば、生活の保障もない。基本的に自由業だから、選挙に落ちれば、次の仕事を探さなければならない。

そういった環境下では、清廉潔白な政治家など、望むべくもない。マスコミは、そういうタイプを女性受けに期待するが、基本的に無理。そんなことをすれば、結局、金持ちしか議員になれない流れになる。

よって、政治家の金銭問題を、官僚的発想で、黒白をはっきりさせるのは所詮、無理がある。政治家というものは、基本的に灰色なのだという意識が欠けている。法治国家だからと言って、あまり生真面目に法を運用すれば、世の中が回らなくなる。匙加減は大切だ。

むしろ政治家は、その政策遂行能力で評価しなければならない。ただ、現在、その能力評価が不明確なことは、国民にとっても不幸せだ。第三者機関による、政治家の評価システムが望まれる。政治家の通信簿だ。そうすれば、それを参考にしながら、国民は、取捨選択して、投票に臨めば、いいことになる。

一面的に、面白可笑しく報道するマスコミに先導された結果が、選挙に反映されない時代を望みたい。マスコミ誘導の世論形成から脱するには、どうすればいいのか。マスコミの意見は、参考意見と割り切るべきなんだろうが、影響力がありすぎる。だが、視聴率絡みで、慎重な報道意識が欠ける。民主主義における政治というのは、本当に難しい。

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