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2010年6月10日 (木)

気晴らし~漢詩 『鶴林寺に題す』

先日、加古川の鶴林寺に行ったことを記したが、中国の同じ名の寺を題材にした詩を、今回は挙げてみよう。それは以前にも、紹介した李渉の『鶴林寺に題す』だ。李渉については、その時に記したので、ここでは省く。その詩は、次のようになっている。

    終日昏々たり 酔夢の間

  忽ち春尽くると聞いて 強いて山に登る

  竹院に過ぎって 僧に逢うて 話するに因って

  又た浮生半日の閑を得たり

例によって解釈すると、次のようになるだろうか。

「鬱々とした気持ちを晴らそうと、酒を嗜んだのはいいが、飲み過ぎて、いつの間にか日も暮れて、夢の中のように、ぼおっとしている。そうしていると、そんなことをしていれば、折角の春も終わってしまいますよと、声を掛けられたので、酔い覚ましに、近くの山に登ることにした。

竹林に囲まれた寺の書院に着くと、思いがけなく、僧がなんやかんやと、世話を焼いてくれる。料理などいろんな、もてなしを受けながら、禅問答をしていると、俗世間を忘れて、この浮世の煩わしさから逃れて、半日の時を過ごし、気が晴れた」と。

人間、誰でも、いろいろあって、気分転換は必要。ただ酒で紛らわすというのは、あまりいい方法ではない。方法としては、まず自然の中で深呼吸して、身体を動かすこと。そして、現実とはまったく違うことに接すること。もう一つは、第三者と違った分野の話をすること。李渉も、それに気づき、そのうれしさを詩に表したのだろう。

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