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2010年7月27日 (火)

独断のテレビドラマ批評

流風は、ドラマについて、楽しめる一定の基準を持っている。それは、独断と偏見で、ヒットする要素だと思っている。厚かましくも、以下に示す(要するに見たいドラマです(笑))。

  一、展開にスピード感があること。だらだら描かない。

  二、苦難が伴うラブ・コメディー

  三、戦闘物

  四、特撮活用時代劇

  五、ありそうでないこと。また、なさそうでありそうなこと。

  六、底辺に伝えたい人間哲学があること

  七、情理バランスのとれた内容

  八、未来に希望を見出せる内容

  九、視聴後、ハッピーさが感じられること

  十、現実の厳しさを描いてもいいが、過度に描かないこと

などが挙げられる。

ところが、日本のドラマは、以上の基準に満たず、相も変わらず、あまり楽しくないものが多い。それは、NHK、民放共に、見られる現象であるのは残念だ。基本的な原因は、ドラマで視聴者に何かを伝えようとする使命感が欠けているからだろう。シナリオに哲学が感じられない。よって、薄っぺらなドラマになっていることが、駄目なのだろう。

サスペンスドラマは、殺人が絡むし、当然、その内容は暗い(*注)。毎日毎日、このような内容のものを放送するテレビ局もいけないが、視聴率が稼げるというのは、それを視る視聴者がいるということだ。だが、視た後は、気分はあまり宜しくないのではないか。

しかし、公共の電波を使って、このような内容のものを放送するのはどうかと思う。それに、以前にも述べたように、殺人現場を見せすぎることは、青少年にもよくない影響を与える。

また、ぐれた人間を主人公にするドラマも感心できない。彼らが更生する姿を描いたとして、考えているのかもしれないが、そもそも、なぜ、ぐれていることを正しいと錯覚させるドラマ作りは、明らかにおかしい。制作者の神経が麻痺していると言っても過言ではないだろう。

またNHKの時代劇も、チャラチャラし過ぎている。娯楽時代劇だから許されていると思っているのかもしれないが、度を過ぎている。あれは現代の若い男女が、風体を江戸時代に似せているだけに過ぎない。にやけた若い俳優が、女優を相手に、まるで学芸会程度のドラマを放送するのなら、聴取料を返せと言いたい。

それに日本のドラマ全体に言えることは、内容がだらだらしていて、メリハリが全くない。それは描き方がくどいこともある。極めて女性的な描き方が多い。その出来具合で、制作者の程度がわかる。

小説で言えば、菊池寛や谷崎潤一郎の小説を感じさせる蛇足ドラマが多すぎるのだ。展開にメリハリがない。視聴者に余韻が残り、想像させるドラマがあまりにも少ない。丁寧に描くということと、蛇足は違う。

いくらデジタル時代に突入しようと、今のままの番組作りの姿勢では、いずれ海外のドラマにすべて食われてしまうことになるだろう。実際、現在、サンテレビでは、これでもか、これでもかという程度に、韓国ドラマを放送するが、その内容は様々で、必ずしもよいものばかりとは言えないけれども、楽しめるものもある。日本も、昔のように、内容のある物を作るべきだろう。

*注

但し、流風的には、『相棒』、『踊る大捜査線』除く。

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