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2010年7月24日 (土)

千日酔う酒

お酒好きの人は、度数の強いものを好む人と、ただ何でもいいから量を望む人がいるようだ。どちらが本当の酒飲かは、流風の知る由もないが、これも癖のものだろう。嗜好と言った方が適切か。

流風なんて、せいぜいアルコール分4~5%程度の缶チューハイが精一杯。最近はビールも身体のため飲まない。またハイボールがはやっているらしいが、ウイスキーも、あまり飲まない。それよりチューハイをちびちびやる方が、楽しい(笑)。

そういうと、『捜神記』に、ある酒造りの名人のお爺さんの話がある。一応、備忘録的に記しておこう。名は秋希という。彼の醸した酒は、千日酔わすということで、酒飲みには、どうしても得たい酒だった。

いつだったか、中国の映画で、たまたま小便を入れたら、美味しい酒ができたという話があった。本当かな、と疑念を持ったが、今、多くの人たちが食するものは、偶然の産物であったことは確かだろう。

さて、話を戻すと、玄石という男も、酒好きで、全国を飲み歩いたが、本当にうまいと思う酒には巡りあわなかった。たまたま、秋希爺さんの酒のことを聞きつけたので、爺さんのところに駆けつけ、酒を所望する。ただ、まだ熟成が終わっておらず、爺さんは拒否するが、酒飲の要求はしつこい。止む無く、一杯だけ飲ませる。

ところが、一杯だけで満足しないのが、酒飲み。一杯が二杯になり、二杯が三杯になって、へべれけに酔うのは、酒飲みの常。彼も、二杯目も要求するが、その酒は、千日も寝かせているので、飲めば、酔う時間も長いからと、断固拒否。

仕方なく、玄石は家に帰るが、そのまま倒れて、動かなくなってしまった。家人は、医者に診させるが、最早、魂も抜けて、もうどうしようもないという。葬式を済ませ、そのまま埋葬した。現在の日本のように、焼く習慣はない。

それから、三年経って、爺さんが、彼のことを気になって、尋ねると、もう3年前に亡くなり、喪も明けているという。慌てた秋希爺さん、墓を掘り返すように言って、墓場に行くと、土は生温かい。中に、玄石は、まるで今、目が覚めたようにあくびをしたという。その息を吸った人たちは、3か月、起き上がれなかったという、まるで、落語にあるような話。

酒飲みは、こういうことを夢想するのかもしれない。3年酔って、目が覚める。でも、周囲は大きな迷惑。まあ、酔ってなくても、夢想する人たちが多くいる。否、誰だって、いくらかは、そういうものはある。そういうのも、多少は、味付けとしてあってもいいとは思う。

ただ、いつまでも、夢の中に漂うだけではいけないだろう。他方、現実が夢であることは、先人も指摘していることではある。夢か現か、ということは、誰にも当てはまるのかもしれない。つまり、夢の中の夢なのか、現実の夢なのか、わからなくなる。そう捉えると、酒に酔うのは、現実逃避の一時的な誤魔化しとも考えられる。

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