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2010年7月 2日 (金)

風幡の説

ユーロの崩壊から、資本市場は荒れている。欧米の投資家が日本株を売り、株式市況は下落している。日本の景気は、持ち直しており、慌てることはないのだが、一部の投資家は、不安で仕方ないかもしれない。こういう投資は、余裕資金でないとまずいのだが、いつの時代も、儲けを強く意識して、無理してしまう人たちがいる。

さて、それはそれとして、「風幡(ふうばん)の説」というものを紹介しておこう。本間宗久が、後年、あきらかにしたものだ。彼は、江戸時代、吉宗以降に活躍した現在の山形県の豪商だ。

彼は米相場では、若い頃、相場に大きな失敗をして追い込まれ、禅寺に籠る。そこで、禅師から教えられたのが、、「風幡の説」というものだ。正確には、中国宋代の禅僧、無門慧開の公案集『無門関』の公案二十九「非風非幡」に拠るものだ。

一部を示しておこう。ただ、公案の解釈は、流風では心もとない。『無門関』(西村恵信訳注、岩波書店)のものを以下に転記する。

「六祖はある時、法座を告げる幡(はた)が風でバタバタ揺れなびき、それを見た二人の僧が、一人は「幡が動くのだ」と言い、他は「いや、風が動くのだ」と、お互いに言い張って決着がつかないのを見て言った、「風が動くのでもなく、また幡が動くのでもない。あなた方の心が動くのです」。これを聞いて二人の僧はゾッとして鳥肌を立てた」

六祖とは、慧能のこと。五祖を継いで、故郷に帰り、猟師の中に身を隠していた時、出会った逸話という。本間宗久は、この話を聞いて、相場の本質を悟り、それ以後、連戦連勝だったと言われている。一般に成功した投資家というのは、最終的に失敗に終わることが多いのだが、彼は、余裕の生涯を終えたと云う。

公案については、これ以上には解説しない。いやしくも投資をしようという方々は、自分で解釈して、自分のものとすべきだろう。それができないのなら、そもそも投資などいうものは止めた方がいい。

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