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2010年7月16日 (金)

阿漕な奴

  伊勢の海 阿漕(あこぎ)が浦に ひく網も

        度重なれば あらわれにけり

                   『源平盛衰記』

よく、「あいつは、阿漕(あこぎ)な奴」だという表現を使うが、出典は、ここかららしい。阿漕が浦は、伊勢の国、阿濃郡の地名だそうだ。本来、阿漕は、重なるということを意味したようだ。それが、どう転じたのかわからないが、貪欲な人間を指して、あこぎな奴と言うようになったという。

その謂われを、謡曲は、伝えられてきた話として、次のように表現している。謡曲『阿漕』は、阿漕という猟師が、母の難病に効く魚があることを知り、神に供える魚をとる場所で、密猟して、しばらくは、ばれなかったが、何回も繰り返すうち、捕まり、戒めで、この浦沖に沈められたという話から、創作されている。

少し前に、大阪湾で、密猟していた明石の猟師の親子が捕まっていたが、彼らは、まさか沈められるようなことはない。それにしても、密猟は絶えない。彼らは生活のためとか言っていたけれど、実際は、どうなのだろうか。彼らこそ、本当に、阿漕な奴なのだろう。

また落語『西行』では、西行法師が、まだ佐藤憲清という北面の武士であった頃、絶世の美人である内侍の染殿という女房に恋煩いする話がある。身分違いの恋である。彼女は、彼に可哀そうに思い、文を送り、結局、逢瀬を重ねると、彼が次の逢瀬を聞くと、彼女は「阿漕であろう」と応えた。彼は、この意味が分からず、出家してしまう。

以下の話は省略する。この話は、両者の時代が、全く違い、完全な創作である。でも、似たような話はあったかもしれない。彼女の言ったことは、最初に示した和歌を踏まえて言っている。落語の作者も、教養のある人物と言える。

結局、彼女の言いたかったことは、「このような秘密の逢瀬も、度重なれば、世間の噂になってしまう」ということ。つまり、こうたびたび逢うのは控えましょう、と。婉曲な断り方は、昔は誰も身につけていた。

現代の人間は、表現はストレートすぎるかもしれないが、昔の人は、こういう表現で、ある意味、傷つけないようにした。だが、相手が理解できないと、西行のようなことになる。こういう方々と、付き合いするには教養が求められるということだ。

現代のように、ストレート過ぎる表現は、わかりやすいけれども、品がない。このバランスが難しい。まあ、鈍感な流風は、ストレートの方が助かるけれど(苦笑)。なかなか教養人にはなれません。やはり西行と同じ道をたどるのだろう。周囲には、染殿はいないから大丈夫だけれど。まあ、そういうわけで、せいぜい、阿漕な奴と言われないようしよう。

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