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2010年7月11日 (日)

美人妻を妄想した男

若い独身者の男であれば、憧れの女性を彼女を恋人にしたいと思ったり、妻に迎えたいと思うのは自然の性(さが)だ。そういうことが高じて夢想したりすることもあるだろう。中国の奇伝に次のような話がある。

唐の時代、進士である、ある男が、某画師のところで、屏風を手に入れた。それは布地でできていた。そこには、綺麗な美人が描かれていた。かの国の美人画は立ち姿が結構多いが、それが、どのようであったかは、わからない。

美人画は、大体が、楚々とした感じが多い。しかし、絵は、概して、実際以上に描かれがちだ。彼が、絵師に、「このような美人は、世の中にいないだろう。仮に生命が与えられたら、どんなにか、よいだろう」と言い、「それが現実のものになれば、彼女を妻に迎えたい」と続ける。

そうすると、絵師は、「実は、私は、神から下された絵描きだ。そういうことは不可能ではない。屏風に描かれた彼女にも名前がある。その名を教えるから、百日間、呼び続ければ、応えるだろう。その時、絹織物を焼いた灰をを入れた酒を注げば、生き返るだろう」と言う。

彼は騙されたつもりで、呼び続けると、遂に美人の女性が現れたという。まあ、念じれば、叶うということはありうる。それは科学では説明できない。絵から、女性が飛び出すことはなかろうが、似た女性に現実に巡りあうことはありうる。

その女性は屏風から下りると、歩き、言葉も分かり、話もする。それは普通の人間と何ら変わりがなかった。自然の成り行きで、彼が希望したように、彼女と一緒になり、男の子もできた。

ただ、子どもが三歳になった時、友人が、「彼女は妖怪で、災難をもたらすから、この神剣で切り伏せよ」と警告する。友人は、彼女から発せられる、ただならぬ妖気を感じとったのだろう。

そして、友人から剣が届けられると、妻は泣きながら次のように言った。「私は、実は地仙(仙人にも、色々種類があるらしい。地仙は、やや低い仙人とのことだが、よくわからない)で、あの絵描きに、突然、絵にされてしまい、あなたに呼ばれたものだから、仕方なく、あなたの傍に来たのよ。あなたに疑われた以上、ここに留まることはできない」と言い終わると、屏風に子どもと共に戻って行った。

さて、あなたは、この話をどう受け取るだろうか。そんなことはあり得ないと考えるのが一般的だ。まあ、夢でも見たのだろう。そして、最初から子どもも描かれていたのに、見落としたのだろう。

そうかもしれない。ただ、人は祈ったり、念じたりすると、不思議と実現に近づくこともある。神頼みは、意外と馬鹿にできない。それは本人の決心の程度で決まるのだろう。つまり、念じたり、祈ったりして、願いが叶うかどうかは、その人次第とも言える。

すべてが科学的に処理できないから、人間社会は面白いとも言える。さて、あなたは、何を祈ったり、念じたりしますか。それは、やはり、母のように、他者の幸せを祈ることが、自分をより美しく見せる。特に女性は、そうであって欲しい。男は、この話のように、せいぜい妄想の旅を楽しむしかないようだ(苦笑)。

*参考文献  『唐宋伝奇集』

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