« わからない、わからない | トップページ | 若い人の金投資 »

2010年7月19日 (月)

“V-A-C-A-T-I-O-N”を聴きながら

子ども時代、夏の時期に、“V-A-C-A-T-I-O-N”をよく聴いた。なかなか元気のある洋曲で、最初に聞いたのは、弘田三枝子さんが歌っていた。声にパンチがあり、ウキウキさせてくれるものだったものだ。

後年、元曲を歌っているコニー・フランシスの歌も聴いた。原曲も、もちろん元気な曲だ。パンチは、弘田三枝子さんの方が強かったかも。歌詞の内容は、休暇を取って、ボーイフレンドと遊びまくるという内容で、親が心配しそうなものだ(笑)。

夏は、恋の季節とかで、気持ちもオープンになる。そこで、いろいろ出会いもあり、嬉しいことも悲しいことも起こるのは、どの世代も経験したこと。あらゆる世代で、繰り返されるはずだ。でも、流風は、当時、何をしていただろうか。

古歌にも、次のようにある。

  新茶の若立ち 摘みつ摘まれつ

    挽いつ振られつ それこそ若い時の花かよなう

                      (『閑吟集』より)

意味は、新茶を摘んだり摘まれたり、挽いたり振ったりする姿を見ていると、それは若い男女が、お互いつねったり、つねられたりし、あるいは、袖を引いたり引かれたり、あるいは、嫌よと振ったり振られたりして、じゃれ合っているのと同じだ、という内容。こういう恋は、若い人に似合っている。

だが、若い頃、不器用に、あれもこれもとできない流風は、一つのことに集中し過ぎて、あまり、そういう思い出はない。そういう意味では、あまり青春というものはなかったように思う。今さらながら考えると、最早、過去には戻れないが、そういうのは、あまり宜しくないのであろう。

若い時は、大いに恋に勉学に、仕事にと、欲張っていい。若い人は、VACATIONを有意義なものにしてもらいたいものだ(*注)。

*注

ここで言う「若い時」とは、20代以下のこと。勘違いしないように。それ以上になると、どれかに集中しないと、うまく行かない。特に、あれもこれもという女性がいるが、ほとんど失敗している。結局、二兎を追うもの、一兎をも得ずとなるのだ。そして、恋は愛に転換させる必要がある。

|

« わからない、わからない | トップページ | 若い人の金投資 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« わからない、わからない | トップページ | 若い人の金投資 »