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2010年8月 8日 (日)

向こう三軒両隣

お盆に入った。本日ぐらいから、各所で、お精霊迎えがあることだろう。先祖を確認し、先祖を敬うことは、自分自身の存在確認だ。お盆で休みだから、レジャーで遊び回るだけでは意味がないだろう。しっかり先祖供養したいものだ。

さて、幼児虐待が問題になっているが、高齢者の孤独死同様、近隣の無関心が招いている。特にマンション住まいの場合は、それがひどいようだ。比較的小さいマンションだと、そういうことは起こりにくいが、高層のマンションだと、他人に無関心になり易い。

流風も、若い頃、高層賃貸マンションに住んだことがあるが、結局、誰も知り合いはいなかった。朝早く出て、夜遅く帰宅するのだから、近所の人と話をする機会は、皆無だから仕方なかったとも言える。都会は砂漠のようなところ、といった歌詞もあったが、まさにそれだった。

戸建だと、自治会活動も無視はできないし、ある程度、参加せざるを得ないので、それなりに知己は増える。昔は、向こう三軒両隣といって、江戸時代の五人組の名残らしいが、悪く言えば、相互監視が防犯につながった。

個人情報保護も大切だが、近所に住めば、ある程度、お互いのことはわかるようにしておくことは大切だ。その点、主婦同士のネットワーク情報は豊かだ。流風なんて、全く知らないことも、一言尋ねれば、山のような話を頂ける(笑)。逆に言えば、流風のことも、どこで、どのように噂されていることやら(苦笑)。

それでも、これらはお互いに関心を持って、地域に生活していることはよいことだろう。流風の近所では、幼児虐待も起こらないだろうし、高齢者が孤独死に至ることもないだろう。今一度、向こう三軒両隣の精神を考えてはどうだろう。

マンションの多い都会でも、やり方で可能と思う。それは若い人たちも、感じ始めている。他人に無関心にならずに、もう少し関心を持つ。そういう姿勢が大切と思う。人は一人では生きていけないのだから。

お盆は、そういうことを考えるのにも、いい時期だ。各地のお寺では、お精霊迎えと共に、子孫に祀ってもらえない餓鬼たちが悪さをしないように、施餓鬼を行う。そういう優しさが、人間社会でも、必要ということだろう。

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