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2010年8月 6日 (金)

ある姫と母の愛~『鉢かづき』

子ども時代(小学校に上がる前)、いろんな童話や絵本を母が読んでくれた。時々、父も。童話は、教訓物が多いわけで、時代背景を反映していて、親の願望もある。ただ、その時の時代の要請により、童話の元になっている原作とは、作りかえられている場合も多い。

最近の童話のことは、よく知らないが、昔のものは、儒教意識が強かったことは事実だろう。そして、戦後も、その流れは引き継がれていたように思う。時々、童話の元になっている書籍を読むことがあるが、童話は、儒教的に、細部に変更が加えられている場合もある。

それに比べて、童話の元の話の方は、随分、人間的であるのは確かだ。それは人間だったら、ありうる話が多く、素直に受け入れられる。だから、押し付けのような感じを受けることはない。それでも、見方によっては、多くの童話は、元の著者の意図は外していないかもしれない。

今回は、『鉢かづき』を取り上げる。残念ながら、童話と原作の差異は、わからない。実は、この童話は、流風の家にはなかった。近所の女の子の家に行って、当時、初めて知った。どちらかというと、女子向けの話だ。

この話の元は、『御伽草紙』などに記されている。河内国交野(現在の大阪府枚方市)のあたりに備中守真隆という人がいたが、裕福に暮らしていた。妻は教養が高く、姫が一人だけいた。幸せな生活が続いていた。

しかし、姫が13歳の時、母親が、急病になり、もうこれまでかという時、長谷観音に娘の将来をお願いする。そうすると、娘に宝物を載せ、鉢を被せよ、とお告げがある。そして、母はお告げの通り、娘に、鉢を被せる。そこから、姫の流転の人生が始まるというものだ。

以下、母の死亡、外せない鉢、父の再婚、継母の苛め、継母のあることないことの告げ口、父による姫の放逐、自殺未遂、山蔭の三位中将に拾われ湯殿の火焚きに。

そうこうする内、中将の四男宰相殿との出会い、男の愛の確認、愛し合う二人、親の反対、嫁比べで追い出そうとする姑の企み、愛の再確認、不思議な鉢割れ、美しい容姿と財宝、嫁比べの実行、舅・姑の評価逆転、大半の財産相続、継母の没落、父親の子ども探し、父との和解、長谷観音の御利益、となる。

姫の波乱万丈の人生だ。ちなみに鉢を頭に被せるというのは、鼻を覆う程度までだ。でも、これだと目が見えません。耳は、位置によっては、声が反響するかもしれない。姫にとっては、苦難の状況だ。それに、宝物とか鉢が載れば、重いこと、この上なし。

全体としては、まあ、ドラマとしては、面白い筋だ。いろんな話の中には、各種の教えを忍ばせてある。例えば、なぜ鉢を被せたのであろうか。そこには、深い意図があるのだろう。人生とは、重荷を背負って歩むものと言ったは徳川家康。それと似ているかもしれない。そして、姫の場合は、美しい容姿を隠したため、いろんな災難から逃れられた。

また宰相殿は、鉢を被っているため、姫の容姿は確認できていない。結局、惚れたのは、話し方、教養、物腰などだろう。もちろん、身体が美しかったこともあるだろう(笑)。ただ顔で惚れたのではないことは確かだ。男にとって、最初から、女性の顔は見えない方がいいのかも。

また宝物というのは、現実的に考えれば、鉢の中に実物はなかったと考えた方が現実的だ。むしろ、宝物の明細と、ありかを記した書状が入っていたのだろう。それは母親が結婚した時に、持参した宝物がほとんどと推定される。いざという時のために、どこかに保管していたと考えられる。それを娘に被せた鉢の中に隠して、渡した。

姫が本当の愛を掴んだ時、鉢が割れ、真実が明らかにされる。それまでは、宝を持っていることを他人に話してはいけませんよ、という教えかもしれない。昔の女性は、一人で世過ぎすることは大変だったから、いざという時のために、子どものために取っておいたのだろう。

親にとって、子どもは宝物。将来も、生活に困らないようにという、母親の深い愛と配慮。そこには母の愛の深さが読み取れる。最近は、変な親もいるけれど、親の愛は、いつの時代も変わらない。こう見てくると、『御伽草紙』は、なかなか面白い。いずれ、その他の話も取り上げるかも。

*追記

この物語を男の方から見れば、女性を判断する時、容姿で判断してはいけませんよ、ということになる。

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