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2010年8月 7日 (土)

人はなぜ仮面を被るのか

人は多かれ少なかれ仮面を被っている。もちろん実際の仮面を被っている場合のみを指していない。よく外面はいいのに、内面は悪い人がいる。その逆もある。外面も内面も一緒というのは稀だろう。本人は、そのように思っていても、知らず知らず仮面を被っているものだ。

仮面を被るのは、実態を知られたくないというのもあるだろう。女性の化粧は、そういう意味もあるだろう。男も、外では、そういうことが求められることがある。感情のブレを相手に悟られないようにしないと、駆け引きで勝つことは難しい。

さて、本当の仮面を被るとなると、若干意味は違ってくる。もちろん、自分と違う人格が、新たに宿るという意味では同じだ。仮面に成りきれば、役者の役作りのような感じになる。日本では、神事の、鬼追いの行事や、獅子舞も、その類だろう。

仮面としては、人と動物の面が中心だ。それは世界どこでも、変わらない。人の仮面の場合は、多くが敬い憧れる対象が、そのようになる。それは多くは、その国の神話などの登場人物だ。

動物の場合は、現代では、生物多様性と言われるが、昔から、あらゆる生き物が人間と違う何かを持っていると考えられてきた。人間と生物が、それぞれ影響し合っているというのは、当たり前の考えである。そういうことを意識したのが動物仮面だろう。

生物多様性などと難しい表現をするのは学者の悪い癖。そして、彼らは、その本質を理解していないだろう。ここは深く掘り下げると宗教になってしまう。生物学や科学の範囲では、処理できない問題だ。彼らの議論は、世の中を複雑にするだけだろう。分らないことは、分らないままにしておいた方がいい。また脱線してしまった。話を元に戻そう。

仮面は、大体、能のように顔につける事が多い。実際、日本では、多くがそうだろう。ただ世界には、頭につける物もあるようだ。昨日のブログに記した『鉢かづき』のように、すっぽり被ってしまう仮面もあるそうだ。あの鉢は、仮面だったのだろうか。

このような仮面の展覧会が、兵庫県立歴史博物館で催されている。テーマは、「仮面のひみつ」(平成22年9月23日まで)だ。日本や世界の様々な面を紹介している。内容は、子どもの夏休みに合わせている。子どもたちは、この催しを見て、どのように変身するのだろうか。

まあ、あまり早く大人の顔を持って欲しくはないけれど。でも、どの親も、子どもには、早く大人になってほしい気持ちもあるだろう。流風は、いつまでも、子どもの心から抜けきらない、変な大人です。大人の仮面を被っているだけか(苦笑)。

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