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2010年9月 8日 (水)

西鶴の「身過ぎ」その三

今回も、西鶴の「身過ぎ」。今回は、次の言葉。

「身過ぎ上手は、表向き軽うして、内証の強きこと。つまりは、世間内輪にかまえ、時には人の成らぬことを成すものなり」

これは、商人は、無いような振りして、世間に対しては、本当の財力を隠し持てということ。外面は、人当たりはよく、裏では、計算できることが大切と説く。他人に悟られず、内に信念のような、しっかりしたものがないと、何事も、うまく行かない。世間に対しては、控えめにして、出過ぎず、密かに、事を成す。これが大事を成すコツだと説いている。

基本的に、商人は、基本的に財力が重要と説く。商人から、お金を取れば何も残らない。無力なのだ。そして、財力があっても、無いように振る舞い、いざという時には、勝負に出る。世間との駆け引きが、更に財を生む。

少しニュアンスが違うが、次の話を記しておこう。昔聞いたことだが、Aさんが、出入りの大会社の部長さんを接待して、何気なく、これからの商売は何が良いかと、聞いたそうだ。そうすると、部長さんは、得意そうに滔々としゃべったらしい。

Aさんは、その情報を活かして、新規事業を興し成功した。この部長は、見下げていた下請けの社長が、まさか話の通り、事業を興すとは考えていなかったようだ。部長は、確かに、たくさんの給料を得ていたかもしれないが、その人の利益と比べたら、ほんのわずかのものであろう。

飲み会での話も、志高く、自立心を持っていれば、新しいチャンスも得られる。財力も志も隠さねばならない。確かに、成功者は、多かれ少なかれ、そういう傾向があるようだ。ちなみに流風は、その部長さんと同じ立場かもしれない(但し、一応隠居の身だけれど)。それでいいと割り切っている。流風の言うとおりにして、成功するかどうかはわからないけれど(笑)。

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