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2010年9月28日 (火)

気働きとしての清掃

販売店の店先で、暇なのか、従業員が雑談しているのを見かけることがよくある。それが店のレベルなのかもしれない。従業員教育を怠っているのだろう。流風は、こういう店には、決して入らない。

昔は、気働きということがよく言われた。仕事は自ら探して作らなければならない。暇だからと言って、ぼーっとしていてはいけないのだ。もちろん従業員同士の雑談も避けなければならない。顧客に、そういう場面を見せれば、嫌な気にさせる。

暇なら暇で、探せばやることはあるはずだ。店の清掃から、商品の掃除、配置替えなどすれば、いろんな気づきがある。そのように、いろいろ従業員が忙しくしていれば、店には活気があるように見えて、客は寄ってくる。店は、見せ物であり、生きているようにしてこそ価値がある。

また、某外食産業は、相当前から、新入社員にトイレ掃除をさせるそうだが、正しい姿勢だ。もちろん、食べることと排泄がつながっているからではない。トイレがきれいということは、食べ物を供給する社員の意識に影響する。トイレを見れば、その企業の姿勢が見えてくるのも事実だからだ。

今では、外食産業に限らず、顧客と接するところは、ほとんど、それに近いことをやっているかもしれない。もちろん業者に任せているところもあるかもしれない。しかし、社員にさせれば、いちばん汚いところを清潔に保つということは、他のどの箇所でも清潔に保とうという意識が働く。相乗効果で、すべてが改善される。

そして、これは顧客と直接接する機会の少ない企業でも有効と思う。ただプライドの高い社員にそれをさせれば、なぜ、そんなことをしなければいけないのかと苦情が出るかもしれない。でも新入社員の時から、そういう教育をすれば、それは可能だろう。何事も、最初が肝心なのだ。

全員で、清潔な空間に保たれた企業は、業績もいいし、会社の雰囲気もいい。そういうところは、外部の者に対する挨拶も、明るく、きっちりできる。皆が、気働きしていると、会社の景気は、不思議とよくなることは、昔から云われてきた。積極的に活気のある空間にしたいものである。

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