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2010年9月10日 (金)

西鶴の「身過ぎ」その四

今回の西鶴の「身過ぎ」の言葉は次の通り。但し、「世過ぎ」のニュアンス強い。

「如何に繁盛の所なればとて、常の働きにて長者に成り難し」

商売は場所だとよく言われる。特に飲食業は、確かに、そうだろう。ところが、いい場所なのに繁盛店にならないこともある。何か商売の工夫が足りないのだろう。ところが、経営不振のオーナーが仕事を辞めて、店が売りに出されて、次のオーナーになると、流行ったりする。

どこが違うのだろうか。やはり新しいオーナーの目の付けどころが違うのだろう。同じ条件でも、成果が違う。より多くの知恵と汗を出した者が成功するのだろう。普通のことをやっていては成功は覚束ない。

これは何も商売に限らず、何でも、そうかもしれない。他者との差異を突いて、そこを掘り起こすと宝物が出る。それを繰り返していく。チャンス・タイミングに合わせて、こまめな積み重ねが成功者への道なのだろう。頭と尻の重い人では、商売はできないということ。

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