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2010年9月22日 (水)

淀屋の松

淀屋とは、多くの方がご存じであろうが、江戸時代に大阪で活躍した有名な豪商だ。大阪には、彼が自費で作った淀屋橋という地名が今も残る。また現在の商売の形を作った先駆けということになる。米相場の確立、手形の発行・流通、両替、先物取引を世界で初めてやった。そういう仕組みを作ることによって、多額の金銭を獲得し、大名貸しをして、士農工商時代という一番身分の低かった商人が、大名の首根っこを押さえていた。

しかし、それが積み重なり、行き過ぎたため、権力維持に不安を持った幕府に睨まれることになり、五代目の時、全財産を没収される。時に1705年のことだ。表向きの理由は、贅沢が過ぎるということだったが、実際は大名貸しの棒引きをたくらんだのだろう。現在の金額にして、百兆円という。いつの時代も、権力者のやることは恐ろしい。

さて、その淀屋辰五郎、別名淀屋廣當は、没収される前、大木の松を自分の庭に曳かせたという。それは松にかかる雪景色を頼むためだったと云われる。これを題材に、芥川龍之介は、小品を書いている。それは『仙人』。小学生の頃、伯母に本をプレゼントされ、その中に収録されていたと記憶する。

ある男が、口入屋に、「よろず口入れ所」と暖簾にかいてあることを理由に、仙人になれるようなところを紹介しろと無理強いするところから始まる。適当にあしらっていたが、「よろず」という言葉に、いちゃもんをつけ、どうしてもということで、口入屋が、ある医師のところに泣きつく。

その妻が、少し意地悪な人で、「二十年無給で働けば、教える」と言って騙すわけだが、男はその気になって、二十年間、せっせと働く。そして、その日が来たので、仙人になるやり方を教えろと言うので、でまかせで、あの大きい松の木に登れと言う。

彼は指示通り、松に上り始めたので、先の先まで上がらせて、そこで手を離せと言う。そこには何もないから、当然、落ちそうなものだが、男は落ちずに青空を踏みながら、天高く上って行ったという。

まあ、あり得ない話だけれど、いつの間にか、その松には、そういう言い伝えができて、大金持ちの気まぐれか、淀屋辰五郎は、仙人が飛び立った松として、自宅の庭に植えたいという。芥川は、確か、そこまでしか描いていないが、彼は何を言おうとしたのか。

世才の長けた人間より、無知な人間の方が、一意専心すれば不可能なことも可能になると言っているだろうか。人間的に器用な人より不器用な人の方が大成すると言っているような気もする。それは天才であった芥川の期待であったのかもしれない。

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